2007年03月31日

宮崎駿監督 in プロフェッショナル【2】

●前回の記事:宮崎駿監督 in プロフェッショナル【1】
http://kanzaki.sub.jp/archives/001361.html

今回は2回目です。
前回は、新作映画の製作が全く進んでいなかったのですが、果たしてどうなるのでしょうか?
では、どうぞ。


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4月27日。
穏やかな太陽の光が降り注いでいる。
アトリエの前を幼稚園児たちが、保母さんに引率され、ヨチヨチと歩いている。

ナレーション:
2週間が過ぎても宮崎は、一向に動き出そうとしなかった。

宮崎監督、とある場所へ徒歩で向かう。

ナレーション:
この日は、アトリエから3分のアニメスタジオへ向かった。

アニメスタジオは、「赤毛のアン」に出てきそうな「家」と云う感じ。
小豆色の壁、白い扉。

その白い扉を開けて、宮崎監督が中へ入っていく。
中はやはりスタジオだけあり、とてつもなく広いフロア。
しかし、ビジネスっぽい雰囲気ではない。

ナレーション:
スタジオでは、一本の映画が追い込みにかかっていた。

宮崎監督、フロアのとある場所へ向かって辺りを見回すと、そのまま戻ってくる。

宮崎駿監督:
今、色指定やってんな。

色指定のスタッフの女性(このドキュメント番組後半にも登場する)がパソコンの前に座っている。
そしてその横に、右手の人差し指を一本立てて、それを口に当てている若い男性が立っている。

ナレーション:
監督を務めるのは、宮崎の長男、吾郎(宮崎吾郎、39歳)。
宮崎の反対を押し切って初監督作品「ゲド戦記」に挑んでいた。

宮崎監督、他のスタッフのところへ近寄る。

宮崎駿監督:
(あまりの忙しさですが)生きてますか?(笑)

スタッフ、本当に大変な表情を返す。

宮崎監督、椅子に座ってディレクターに話す。

宮崎駿監督:
本当は、ヤッチンのところに行ったんだけど、息子が色指定やっているから逃げてきた。
早く終わんないかな。

ディレクター、笑う。

宮崎監督、スタジオを出て道を歩いている。

ディレクター:
あまり会わないようにしているのですか?

宮崎駿監督:
会わないようにしていると云うより、近寄らないようにしている。

ディレクター:
何でですか?(笑)

宮崎駿監督:
不愉快だからに決まっているじゃないですか。
僕、そんなに人間が出来てませんからね。

宮崎監督、アトリエに戻って、ゆっくりと2階へのぼる。
部屋の入り口のところでおもむろに立ち止まり、両手で白髪を掻く。
しばらくして、再び歩みを進める。


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テロップ:
追い込まなければ
始まらない

5月8日。
その日も良い天気。
アトリエの外では、鳥のさえずりが聞こえる。

ナレーション:
宮崎が動きだしたのは、大型連休が明けた5月はじめだった。

新作映画「崖の上のポニョ」のデッサンが何十枚も貼られた白い壁の横に、液晶モニター付きのインターフォンがある。
ピンポーン、ピンポーンと鳴り、玄関口の映像が映し出される。
宮崎監督、インターフォンのボタンを押し、「はーい、今行きまーす!」と返事を返す。
宮崎監督、2名の男性スタッフを出迎え、なにやら指示をしている。

ナレーション:
アトリエに、二人のスタッフがやってきた。
新作映画の準備作業を今日からはじめると云う。
キャラクターの動き等、アニメーションを担当する作画監督(近藤勝也、42歳)。
背景の風景などを描く、美術監督(吉田昇、42歳)。
このメンバーで、新作準備室を立ち上げる。

宮崎監督とスタッフ達、テーブルを真ん中にして打ち合わせを始める。

宮崎駿監督(ナレーション):
かたち作っちゃうと、しょうがないから始めるじゃんね。
で、始められないと、だんだん焦ってきて、これでいいんだろうかって疑問が沸くでしょう?
それがエネルギーなんですよ(笑)

ナレーション:
宮崎の口から、新作の構想がはじめて明かされた。

宮崎駿監督:
(二人のスタッフに向かって腕を組み)簡単に説明すると、ポニョと云う・・・まあ、人面魚がですがね・・・なんか、海岸にのし上がった時に宗介に出会って、宗介に助けられる。
宗介、気に入ったんですね、ポニョが。
そこが大事な点なんですよ。
それで、宗介が・・・。

ナレーション:
ヒロインは、ポニョと呼ばれる女の子。
その正体は、金魚姫だと云う。
もう一人の主人公は、宗介と名づけられた5歳の少年。
タイトルは、「崖の上のポニョ」。
はじめて海が舞台になると云う。

宮崎駿監督:
(二人のスタッフに向かって)ポニョ、可愛いねって云う映画を創りたいんですよ。
宗介は、偉いねって云うさあ(笑いが吹き出てくる)。

スタッフはタバコやコーヒーを嗜みながらそれを聞いている。

宮崎駿監督:
まとまってないよね、まだね。
ストーリーの細かいところは出来てないけど、でも全体には楽しい愉快な感じにしていきたいです。
一応。

二人のスタッフと、壁に貼られたデッサンを前にして打ち合わせは続く。

ナレーション:
映画の大枠はあるが、どんな物語になるのか宮崎にも分からない。
いよいよ、映画作りが動きはじめた。

宮崎監督と近藤作画監督、部屋の中へ新たに、木製の机を運び込む。
宮崎監督の机同様に、質素で簡素。
そしてどこか古めかしく懐かしい感じ。

机の運び込みが終わり、近藤作画監督用の机の上に、いろいろな道具が揃った。
(近藤作画監督用の机が置いてある壁と対面する壁に、宮崎監督の机がある)
宮崎監督は自身の机の前に腰を落ち着け、一枚の紙になにやら描き出す。
海の上に浮かぶ船のようだ。

ナレーション:
宮崎は、まず一枚の絵を描き始めた。
映画の設定や、鍵となる場面を描く「イメージボード」と呼ばれる絵だ。
アニメ映画は一般的に、まずシナリオ作りから始めるが、宮崎は絵から入る。
ここに宮崎アニメの秘密がある。


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テロップ:
風呂敷を広げる

画面には、映画「千と千尋の神隠し」の色彩豊かなイメージボードが、数珠繋ぎで映し出される。

ナレーション:
「千と千尋の神隠し」のイメージボード。
宮崎は、想像力と云う風呂敷を思い切り広げて、まず絵の面白さを徹底的に追求し、イメージボードを描く。
を振る湯婆婆 (ゆばーば)、何かを引き抜こうとしている千尋の絵。

上記のイメージボードに続き、実際の「千と千尋の神隠し」の映像が流れる。
滝のように流れるお湯の中に手を突っ込み「あの・・・ここにトゲみたいなものが刺さっているの!」。
続いて、多くの人たちが、綱引きのように縄を引っ張って、そのトゲのようなものを抜こうとしている。
を振っている湯婆婆。

ナレーション:
筋書きに縛られず、絵から発想するからこそ、活き活きとした場面が生み出される。

再び、宮崎監督のアトリエ。
宮崎監督、机に向かって白い紙にイメージを描き続ける。

ナレーション:
いかに風呂敷を広げたイメージボードを描くか。
宮崎が最初に描きはじめたのは、波間を漂う船だった。

宮崎監督、描いては消し、描いては消しの繰り返し。
しばらくすると、文房具を机の上に放り投げて立ち上がる。

ナレーション:
すぐに手を止めた。

後ろの方で机に向かって作業をしている近藤作画監督のもとへ歩み寄る。
その横に立ち、ガラス窓の向こうの景色を見た後、カメラの方へ振り返る。

宮崎駿監督:
今日はダメですね。
カメラを回したって無駄ですよ。
そっちの都合で来た時に、何か拾えると思ったら大間違い(笑)。

そう云いながら、ポケットに手を突っ込んで、再び自分の机へ向かう。
立ったまま、机の上にある道具などを何とはなしに触る。

宮崎駿監督:
眠いですね・・・・・・寝よう(笑)。
おやすみなさい。

笑顔でカメラの横を通り過ぎ、部屋から出て行く。

ナレーション:
イメージボード作りは想像力を頼りに、映画の核を生み出す作業。
宮崎はこの作業をこう表現する。

テロップ:
脳みそに釣り糸を垂らす


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宮崎監督、首元を手で掻きながら、アトリエで作業をしている吉田美術監督の元へ近寄る。

ナレーション:
宮崎が、昼寝から戻ってきた。

宮崎監督、ソファに腰掛けるや、メガネを額のところまで持ち上げ、両手で目をこする。
吉田美術監督が何か問いかけをする(声が小さくて聞こえない)。

宮崎駿監督:
どうなんだろうねえ・・・難しいねえ。

メガネを外し、左手で大きく顔をさする。
再びメガネを掛けなおして話しを続ける。

宮崎駿監督:
いやー、朝はほら、こっちから始まればいいなと思ったんだけれど(指をとある方を刺す。イメージボード?)、もう違うんだよね。

吉田美術監督、大きな声で納得。

宮崎駿監督:
さんざん何度も考えて、行ったり来たりしているから。
やっぱり、宗介から始まった方がいいのかなとかね。
でも・・・。

ナレーション:
悩んでいたのは、映画の出だしの部分だった。
5歳の少年・宗介の日常生活から始めれば、分かりやすい導入部となる。
一方、金魚姫のポニョの場面から始めると、意外性はあるが、観客がついてこられない恐れがある。

宮崎駿監督:
(両手で頭のてっぺんを押さえ)宗介から始まるのかなあ・・・。
なんかね、こう・・・通常の形で物語を作りたくなくなっているんだよね。
それがいけないんですよ(笑)。

ソファの背もたれに体を預け、両の手を上の方で絡ませ、天井辺りを何とはなしに見つめる。


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テロップ:
映画は、理屈じゃない

画面は、イメージボードを描く作業シーン。
時折、タバコをくわえ、煙に顔を絡ませる。

宮崎駿監督(ナレーション):
分かる映画って何かって云ったら、つまんない映画なんですよ。
論理でやっていくとさ、自分の考えで狭くなるから・・・それを意識的に壊してみようかなとか、そういう事なんだよ。
子供たちは分かるんですよ。
論理で生きてないから。

ナレーション:
宮崎が何かを描き始めた。

宮崎駿監督:
(紙の上に鉛筆で描きながら説明をする)始め、その・・・クラゲの大群から始まると面白いですよね。
SF映画のように(紙に丸い物体を横並びで三つ描く。その後、足と目を付け加える)。
ポニョはここら辺にいるんですよ(真ん中のクラゲの上にモジャモジャと小さく丸を描く)。
ここにへたばっているのは変だしね。

ナレーション:
巨大なクラゲにポニョが乗っている。
奇想天外なポニョの場面を思い切って冒頭に持ってきた。

場面は、次の日へ。
今日も天気がいい。
宮崎監督、左手でタバコを持ちながら、アトリエの机の前に座る。

ナレーション:
翌朝、最初のイメージボードが出来上がろうとしていた。

白い紙の真ん中に三つのクラゲが大きく描かれている。
背景を暗い群青色で塗り、クラゲには軽く影を塗っている。
真ん中のクラゲの上にポニョがいる。
赤くて小さい人面金魚。
更にポニョの上に、小さなクラゲが乗っかっている。
そのイメージボードの隅に、小さなクラゲがポニョに覆いかぶさっている部分をアップで描く。

宮崎駿監督:
これはこういう変なものが出てくる映画なんですよって云うのがね、見始めた途端に分かるようにする。

ナレーション:
ポニョが巨大なクラゲに乗っている不思議な絵。
この絵をきっかけに、宮崎の発想が広がり始めた。
次に描き出したのは船。

海に漂う船を正面から描いてある。
ポニョは、さきほどの巨大なクラゲに乗ったまま、顔を海から出して、目の前の船を見つめている。

宮崎駿監督:
朝になったらね、こう・・・ゴンゴンゴンゴンって漁船が動いていてね。
ポニョが水中でクラゲの背中でビックリして目を覚ますっていう・・・(話しながら彩色作業を続ける)

ナレーション:
3日後のことだった・・・。

宮崎監督、アトリエの中でウロウロとし、再び机に戻る。
机の上にある白い紙には、沢山の文字がマジックで書かれている。
「・・・トロール船が作業を始める。・・・かでポニョ、クラゲと共にスクリュー」等と書かれている。

宮崎駿監督:
違うな、これ・・・違う。違うぞ。

そう小声で云うや、紙を裏返しにしてしまう。
そして終いには、紙をゆっくりと破いてしまう。

宮崎駿監督:
そう簡単じゃねえよ(笑)。

笑顔で破いた紙を丸め、その場を立ってゴミ箱に捨ててしまう。

ナレーション:
途中まで書いた出だしを破り捨ててしまった。

宮崎監督、「違う」と云いながら席に座る。
メガネを外し、両手で顔をゴシゴシとこする。
顔に続き耳の周りを掻き、白髪を掻きまわす。
再びメガネをかけて声をもらす。

宮崎駿監督:
あ〜、映画作りに入っちゃった。
映画作りが始まっちゃった。

笑いながら手を額にあてる。
外は風が強く、木々が大きく揺れている。

ナレーション:
宮崎の映画作りは、常に迷いと不安の中を進んでいく。
どんな風に映画を始めれば観客を引き込めるのか。

宮崎監督、近藤作画監督と共に、ガラスの向こうの風で揺れる木々を見つめる。


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今回はここまで。

世界に名を馳せる名監督と云えど、そうスラスラとペンが踊るように書ける訳じゃないのですね。
人はどうしても、その人物の派手な部分しか見ないものですが、宮崎監督ですらこうやって生む苦しみに耐えて作業を進めていくのです。

息子さんとの、ちょっとした確執。
芸術家故の感情なのでしょうかね。
ほのぼのとした作風とは裏腹に、こういったキツイ言動・表情を持たれています。
そういうのがあって当たり前なのですが、なかなか見る機会がなかったので、今回の番組は貴重です。

後半になってきますと、更に精神的に追い詰められた天才の苦悩が映し出されていきますよ。

それでは、また次回をお楽しみに。

●次回の記事:宮崎駿監督 in プロフェッショナル【3】
http://kanzaki.sub.jp/archives/001365.html

Posted by kanzaki at 2007年03月31日 21:33