筑紫哲也さん死去を知ったのは、残業で深夜に帰宅してからでした。
高齢になってからのガンとの闘いは、我々には想像を絶するものだったことでしょう。
●特集ワイド:がんと闘う筑紫哲也さんに聞く - 毎日jp(毎日新聞2007年11月27日)
http://mainichi.jp/select/jiken/graph/20071127/
「がんは面白い病気でね、これくらい個人差があり、気持ちに左右されるものはない」と言う。「心臓が急に止まるのと違い、余命率がどれくらいという、一種予約つきの人生になる。年数はわからない。ラッキーだと延びるし、短い人もいる」
日々、「ありがたい」と思うことがある。「倒れるまで、一日、一日なんて、特に考えないで過ごしてきたけど、先が限られていると思うとね。例えばきょう一日も、とても大事というかね。うん。お墓には何も持っていけないから、大事なのは、どれくらい、自分が人生を楽しんだかということ。それが最後の自分の成績表だと」
人は若いうちは体力も気力もあります。
けれど、老いればそれらは落ちていく。
そんな状況の中、なんで最後の最後で、最も過酷な試練と向き合わなければいけないのでしょうかね。
そういう人生のプログラムを組み込んだ「神」というものは、それにどんな意味合いを持たせているのでしょうか。
私がその時を迎えた際、そういう現実を受け入れられるのか分かりません。
若い頃、私は脳腫瘍になった際、とてじゃありませんが手術前も後も、精神的にボロボロでした。
聖人君子でなんていられませんでしたよ。
ちょっとした体の異変にもビクつき、医療用の辞典をめくり、自分の症状と同じ病気を見て驚き泣く。
実際は大した事でもないのに、そんな事で恐れおののき逃げてばかりでした。
筑紫さんが担当していた「NEWS23」の「23」は開始時間だけでなく、野球のフルカウント「ツーストライク スリーボール」の意味もあるそうです。
「もう後がないのがツースリー。報道のTBSの巻き返しに頑張ろう」と言う筑紫さんの思いが強くこめられているのです。
人生の余命を知ってからの生き方。
野球の「ツーストライク スリーボール」。
どちらも追い詰められた状態。
そこで人が何を考え、何を行動するのか。
あれあこれ迷っている時間もありませんし、準備する時間もない。
その人の今まで培われてきたもので対処するしかありません。
ただし、その培われたものが本当に有効的なものかどうかは、その時にならないと分かりません。
我々若い世代には、まだそれを培う時間があります。
その積み上げていく時間を無駄にせず生きていくことを心にとどめておきましょう。
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