2022年07月18日

映画『PLAN 75』の感想〜我々の暮らすこの現実社会が、既にそういう状況に近づいているのが本当に恐ろしい

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●映画『PLAN 75』オフィシャルサイト 2022年6/17公開
https://happinet-phantom.com/plan75/

監督/脚本:早川千絵
出演:倍賞千恵子.磯村勇斗.河合優実


【あらすじ】


少子高齢化が一層進んだ近い将来の日本。
満75歳から生死の選択権を与える制度<プラン75>が国会で可決・施行された。


夫と死別して一人暮らしの角谷ミチ(倍賞千恵子)は78歳。
ある日、高齢を理由にホテルの客室清掃の仕事を突然解雇される。
住む場所をも失いそうになった彼女は<プラン75>の申請を検討し始める。


一方、市役所の<プラン75>の申請窓口で働くヒロム(磯村勇斗)、死を選んだお年寄りに“その日”が来る直前までサポートするコールセンタースタッフの瑶子(河合優実)は、このシステムの存在に疑問を抱いていく。


物語の中心となるミチに、9年ぶりの主演作となる名優・倍賞千恵子。
若い世代のヒロムと瑶子をそれぞれ、磯村勇斗と河合優実が演じ、たかお鷹やステファニー・アリアン、大方斐紗子、串田和美らが顔を揃える。


監督・脚本は、本作が長編初監督作品ながら、2022年カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に正式出品の快挙を成し遂げた、早川千絵。


2022年製作/112分/日本・フランス・フィリピン・カタール合作





※※※


【感想】


海外で評価されたという話題性もあり、客席の5分の4は埋まっていました。
やはり高齢者が多かったように思います。


「姥捨山」という大昔の実写映画をおぼろげに記憶しています。
この作品に近いものがあります。
「姥捨山」は子供が老人に「死を与える」のに対し、「PLAN75」は自らの意志で「死を選択」する違いがあります。
下記のようにアニメでも放映されました(実は、ハッピーエンドなお話し)。



【めでたし】まんが日本昔ばなし「うばすて山」(旧作・高画質)


「PLAN75」は、意図的にあっさりと撮影しています。
台詞や芝居も、感情的なものを極力薄くしています。
映像もちょっと引いた感じの映像が多く、それが逆に現実感を感じさせます。
ドキュメンタリーに近いかも。


劇中、背景の色んなところに数字が表示されていたり、台詞で数字(や金額)を云うのは、意図的なんだろうなあと思いました。
「75」という死へのカウントダウン。


この作品に救いがあるのは、出てくる人に悪人がいないことでしょうかね。
出だしの、本編には関係ない殺人犯ぐらい。


制度の運用側にいる人達(若い世代)を磯村勇斗さん、河合優実さんが演じているのですが、この制度に疑問を持つ感情がちゃんとある。
・・・けれど、「社会の制度」なので、声をあげて荒ぶるようなことは出来ないのもまたリアル。


怖いのは、画面に映し出されるどの場面も、どこにでもある見慣れた感じの光景で、SF要素が一切ないこと。
現実感が無いものが出てくれば、「これは作り物」と思えるのですが、本当にごく普通のありふれた場所ばかりが映し出されているせいで、観客に逃げ場が無いのです。
だから、本当にこういう制度が近い将来出来てしまうかもと思えてしまいます。


高齢になって、仕事とお金を失い、頼る人もいない状況は誰にでもあり得ます。
「プラン75」を申し込ませるように社会が作られているのが恐ろしい。


そして、我々の暮らすこの現実社会が、既にそういう追い込ませる状況になっているのが本当に恐ろしい・・・。


グロい表現もせず、怒りの叫びもあげずとも、きちんと問題提起ができており、観客にこの高齢化社会について考えさせる社会派映画でした。



倍賞千恵子さんは、「男はつらいよ」の若い頃のイメージが未だにあります。
BSで毎週オンエアしているせいでしょう。


劇中での金銭的に苦しくなっていく様は、観ていられなくなりました。
切なすぎです。


さすが倍賞千恵子さんと思ったのが、主人公の誠実で謙虚な生き方を丁寧に演じていたことです。
老いて貧しくても気品がある。


働いていたホテルの裏方を高齢という事でクビになります。
職場を去る際、自分が使っていたロッカーの扉の表を丁寧に拭き、小声で「ありがとうございました」と手を合わせて云うシーン。


「死」を迎え入れる施設へ行く前日、お寿司の出前を食べて、その寿司桶を綺麗に洗い、布巾を丁寧に掛けるシーン。


河合優実さん演じる制度側の人間に対し、相手が若い人であっても「先生」と云って、丁寧に電話で話すシーン。


劇中に登場する同世代の仲間がガサツだったり、世俗的なのに対し、終始謙虚・誠実。
声を荒げることはありません。


そういう、真面目にちゃんと生きている人に対し、「死」へ追い込んでいく制度。
これがSF設定のくせに、劇中の自然な追い込みが本当に怖いです。



磯村勇斗さんと、「プラン75」を選択した親戚のおじさんが、おじさんの家で2人でインスタント麺を作ったり、昔ながらの食堂で食べているシーンが好き。


おじさんは若い頃、全国を飛び回っていて、その地域で必ず献血をしていた事を話すところ。
食堂で、(死ぬ前の最期の)日本酒をすすめるところとか。


倍賞千恵子さんと河合優実さんが出会い、クリームソーダを飲んだり、ボーリングをしているシーンも好き。
最後の電話のやりとりの際、河合優実さんが事務的な説明をする際、「今ならやめることができる。死を選ぶなんてやめて!」という感情が声にこもっていて良かったなあ。


この世代の離れた2組の描写が、なんとも良いのですよ。
派手じゃないけれど、ちゃんと気持ちが伝わるのです。


お年寄りの問題をお年寄りと制度だけの問題だけにしている風潮があります。
この映画は意図的に、お年寄りと若い世代を交わらせることで、観ている人い問題提起をしているのじゃないでしょうか。



観る前は、「ダンサー・イン・ザ・ダーク」的な絶望感の暗い映画なのかなと思ってました。
「ダンサー〜」は映画館で観て、22年経った今でもトラウマ作品・・・。
あれも主人公は誠実なのに、悲しい状況に追い込まれていくなあ。


客観的なドキュメンタリーのようにしてあるせいか、観客の精神を追い詰めるようなことはありません。
多分、この監督さんの優しい人柄なんじゃないかなあ。

Posted by kanzaki at 13:36
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