2024年06月01日

「仁」と「君子」

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●『超訳 論語 革命の言葉 エッセンシャル版 ディスカヴァークラシック文庫シリーズ』(安冨歩 著)より

※『論語』(ろんご)は、孔子とその高弟の言行を、孔子の死後に弟子が記録した書物である。
儒教の経典である経書の一つで、朱子学における「四書」の一つに数えられる。
その内容の簡潔さから儒教入門書として広く普及し、中国の歴史を通じて最もよく読まれた本の一つである。

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【著者まえがき】


私は論語の思想を、次のように捉えている。


「学習」という概念を人間社会の秩序の基礎とする思想である。


論語の冒頭は、「学んで時にこれを習う、亦たよろこばしからずや。」という言葉である。
この言葉に、論語の思想の全ての基礎が込められている、と私は考える。


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学習回路を開いている状態が「仁」であり、仁たり得る者を「君子」と呼ぶ。
このような「学習」の作動している状態が「仁」であり、それができる人を「君子」と呼ぶ。


君子は、自分の直面する困難を学ぶ機会と受けとめて挑戦し、何か過ちを犯せば、すぐに反省して改める。
このような学習を通じて変化し、成長するのが、君子のあり方である。


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【毎日、三つのことを反省する】


曾子は言った──
私は毎日、わが身を振り返り、三つのことをしていないかどうか、いつも反省している。


目上の人のために奔走するあまり、自分自身を裏切ってはいないか。


友だちに調子を合わせて、心にもないことを言ってしまったのではないか。


十分に身についてもいないことを、軽々しく受け売りして目下の者に伝えてはいないか。


(学而第一4)

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【「信」と「義」】


有子は言った──
自らの心のありさまと、言葉とを一致させることが「信」である。
自らの進むべき道を進むと、おのずから為すべきことがわかる。
それが「義」である。
「信」がそのまま「義」となっている人の言葉は、必ず実現する。


(学而第一13─1)

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【自分を人と比べない】


君子は、自分で自分のありさまを見ていて、人と比べない。
小人は人と比べてばかりで、自分で自分のありさまを見ない。


(為政第二14)


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【コメント】


学ぶことの大切さを認識し、自分という軸をきちんと持つということでしょうかね。


今の時代、心にダメージを受けやすいです。
環境もそうですがそれ以上に、心にダメージ受けやすい考え方の人が多いです。
私もそうですが。


他人が自分に対して判断する「評価」に一喜一憂しすぎるからではないかと。
人事考課がそれですね。


本当は、そんな近視眼なものではなく、長いスパンで他人から得られる「評判」の方が大切です。
自分も相手も大切にできる「思いやり」という軸が必要なのではないかと私は思うのです。

Posted by kanzaki at 07:09
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