2012年01月27日
佐渡で開催されるサイクリングイベント「2012スポニチ佐渡ロングライド210」に初挑戦します〜今年はまず100kmのコースから
●2012佐渡ロングライド210公式WEBサイト
http://www.sado-longride.com/
●スポニチ佐渡ロングライド210 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%9D%E3%83%8B%E3%83%81%E4%BD%90%E6%B8%A1%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%89210
スポニチ佐渡ロングライド210(スポニチさどロングライドにいちまる)は、毎年5月、新潟県佐渡市で開催されるサイクリングイベントである。
A・B・C・D、四つのコースがあり、参加者は3.000人を数える。
その内2.000人が走る佐渡をほぼ一周するAコース(時計回り210km・高低差140m・最大斜度15%)では、2010年・2011年、小学生の完走者が出るなど、一日で200km超を走破する国内サイクリングイベントの一つとして広く知られている。
・2011佐渡ロングライド.mov - YouTube
※
今年5月20日(日)、新潟県の佐渡島にて、全国でも有名なサイクリングイベントが開催されます。
「佐渡ロングライド210」の「210」というのは、佐渡島の外周をぐるっと時計回りで210km走る事を意味します。
私もこのサイクリングイベントへ初参加することになりました。
一緒に参加される皆さんは、Aコースの210kmに挑戦します。
そんな中、私だけはCコースの100kmにエントリーしました。
どうして私だけCコースかと言いますと、今年から規定が変わってしまったからです。
Aコースにエントリーする為には、過去5年以内の佐渡ロングライドA・B・Cコースまたは100km以上の大会実績が必要となったからです。
つまり、初挑戦でいきなりAコースは基本的に無理なのです。
Aコース210kmの方々が、ゴールに到着するのは18時頃です。
しかし、Cコースは100kmですから、ゴールに到着するのは、どんなに遅くても13時30分。
かなり早くにイベント終了なんです。
その為、一人で先に帰らなければいけません。
Cコースのゴールは、両津という場所です。
フェリーが出発する港がある場所です。
これならば方向音痴の私でも、一人で帰ることが出来ます。
昔、佐渡ヶ島を一人、自転車で走った事もありますし、まあ大丈夫でしょう。
心配なのは、タイヤがパンクした時と、横転して怪我をした時でしょうか。
大会前月には、同じ佐渡ヶ島でフルマラソンに初挑戦します。
目下、フルマラソン完走を目指して調整している最中。
まずはそちらに重点を置いて頑張らなければいけませんから、今年は100kmのコースで丁度良かったのかもしれません。
それに装備についても、自転車競技用の本格的なものを調達する時間がありませんし。
天気さえ良ければ、一眼レフカメラ等の機材を担いで、佐渡ヶ島の美しい景色を撮影したいと思っています。
大会を乗り切るためにもトレーニングしたいのですが、ここにきて急に、連日の大雪です。
トレーニングをしたくても、屋外で出来ません。
その分、雪かきで連日、肉体を酷使しておりますので、これが丁度よいトレーニングになっております。
昨年以上に、今年も肉体の限界に挑むぞ!!
※
【関連記事】
●佐渡島をロードバイクで走ってきました(その1)
http://kanzaki.sub.jp/archives/001644.html
●佐渡島をロードバイクで走ってきました(その2)
http://kanzaki.sub.jp/archives/001645.html
●佐渡島をロードバイクで走ってきました(その3)
http://kanzaki.sub.jp/archives/001646.html
●弥彦山をロードバイクで、ヒルクライム10kmに挑戦!/ヒルクライムとは自転車を使った登坂競技
http://kanzaki.sub.jp/archives/002483.html
●佐渡トキマラソン大会(2012年4月22日開催)にてフルマラソンに初挑戦します
http://kanzaki.sub.jp/archives/002516.html
2012年01月26日
恐帰族とトリレンマ
昨日は休みを取ったのですが、新潟市内は20cm以上の大雪だった為、家の前の雪かきをして終わってしまいましたorz
※
【恐帰族とは?】
新聞で、「恐帰族」という中国語を知りました。
旧正月の事を中国では「春節」と言います。
今年は1月23日です。
2億人を超えた出稼ぎ労働者をはじめ、社会人も学生も、この日にあわせて一斉に故郷へ帰ります。
中国の人達にとって、家族の絆を確かめる大切な日なのです。
ところが数年前より、春節に帰省したがらない人達が現れ始めました。
特に都心部で暮らす独身の若者たちに多いそうです。
そんな彼らを「恐帰族」と呼ぶそうです。
文字通り「帰省を恐れる」理由は、移動や土産にかかる経済的な負担です。
また、親や親戚に結婚を迫られるのが煩わしい人もいます。
単に、移動が面倒という人も、勿論います。
逆に、故郷の期待に応えられないために、顔向けできないという切実な悩みの人もいます。
※
【トリレンマとは?】
「トリレンマ」という言葉を新聞で知りました。
皆さんご存知の「ジレンマ」は、2つの相反する問題の板挟みになるという意味で使われます。
「レンマ」は「仮設、前提」、「ジ」はギリシャ数字の「2」を意味します。
そして、「トリレンマ」とは、ジレンマの3つ版の事です。
3つの問題に苦悩する三重苦。
トリレンマで有名なのが、「30代のトリレンマ」。
晩婚化で、親の介護資金、自分の老後資金、子供の教育資金という3つの問題が、数十年後に一気に降り掛かってきます。
他にも「国際金融のトリレンマ」という経済用語があります。
●国際金融のトリレンマ - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E9%87%91%E8%9E%8D%E3%81%AE%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%9E
国際金融のトリレンマ(こくさいきんゆうのトリレンマ)とは国際金融政策において、3つの政策を同時に実現することができないことを指します。
・為替の安定(固定相場制)
・独立した金融政策
・自由な資本移動
他にも、
「サービス経済のトリレンマ」:
脱工業化が進展すると、所得平等、雇用拡大、均衡財政の3つをすべて成立させることはできない。
「環境問題のトリレンマ」:
経済発展、資源・エネルギーの確保、環境の保全の3つをすべて成立させることはできない。
なんてのもあります。
※※※
「恐帰族」と呼ばれる人達が、帰郷しない理由は、単純に一つだけじゃないんでしょうね。
幾つも問題があるのだけれど、最初の頃は無理にでも帰郷していたと思います。
しかし、こうも毎年毎年と続きますと、気力も衰えます。
そして解決するよりも、放棄する方を選んだ結果なのでしょう。
独身ならば、自分一人の考えだけで決められますしね。
我々の日常生活にも、よくあることです。
そして「トリレンマ」。
今の世の中、三重苦どころか十重苦、百重苦とがんじがらめになっています。
程度が過ぎると、反発する気力も萎えてしまい、もうどうにでもなれという気持ちになってしまいます。
その隙を狙い、「放棄したという事は、賛成したという事ね」と解釈し、訳のわからない法律・規則を作ってしまう輩が出てきます。
「恐帰族」と「トリレンマ」。
どちらも、一人で解決するのは難しいという所が似ているように思います。
その問題点をちゃんと相手に伝えて、理解と手助けをしてもらうのが、解決への近道なのかなあと思います(トリレンマは、どれを対象とするかでスケールも違ってはきますが)。
悩みを抱え込んで、一向に進展しない中で苦しむより前向きです。
過去の自分を振り返るに、問題解決の糸口は、相談して話しを聞いてもらうところからだったような気がします。
2012年01月25日
R.U.R.(ロッサム万能ロボット会社)〜1920年、世界ではじめて「ロボット」という言葉が使われた作品
今、ロボット映画が公開されています。
●映画『ロボジー』公式サイト
http://www.robo-g.jp/index.html
●Robo-G - Trailer / Teaser 1 / Teaser 2
さて、問題。
世界ではじめて、「ロボット」という名称が使われた作品は何だと思いますか?
それは、「R.U.R.」という戯曲(シナリオ)です。
第一次世界大戦が集結したばかりの1920年の作品です。
●R.U.R. - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/R.U.R.
R.U.R.(ロッサム万能ロボット会社)は、チェコの作家カレル・チャペックによる戯曲。
1921年に発表された。
この劇の発表によって「ロボット」という言葉を創り出した、歴史的作品である。
しかし、劇の内容からアイザック・アシモフがロボット三原則を使った作品を発表するまでの間、ロボット=反乱というイメージが付きまとうことになる。
●青空文庫「R.U.R.(Rossum's Universal Robots)-ロッサム世界ロボット製作所)
http://www.aozora.gr.jp/cards/001236/card46345.html
(無料で、翻訳された作品を読むことが出来ます)
この作品について、本田コンサルタント事務所の代表・本田有明さんが解説していました。
※
この作品に登場するロボットは、工業用ロボットとは違います。
人間にそっくりな労働用人造人間です。
wikiを読む限りでは、構造的にはエヴァンゲリオンが最も近いかもしれません。
このロボットを開発、大量生産することで、人間をあらゆる労働から解放すること。
それが、ロッサム・ユニバーサル・ロボット社(RUR社)の経営陣の願いでした。
この会社が開発したロボットは、綾波レイのように無表情ですが、大変高度な知性を持ち、言葉を理解して話します。
更に、人間の2.5倍の労働をこなします。
これで1体が、たった120ドルしかしません。
オリエント工業のリアルラブドールでも60万円するのですから破格です!
それらを1日に1万5千個も製造し出荷しています。
RUR社ロボット導入については、多くの会社で労働組合の反対にあいます。
しかし、導入しないところは競争に負けて倒産していきました。
瞬く間に、ロボットは全世界へ輸出されていきました。
RUR社の経営陣
「全てをロボットが生産するので、モノには値段が無くなります。
貧困も無くなります。
そうです、我々は仕事から解放されるのです。
労働というものが無くなり、何もかもロボット達がやってくれるのです」
「もう、パンを食べる為に、額に汗して働くことはありません。
飢えや渇き、疲れや屈辱を覚えることもありません。
人々は自由となり、何者にも制限されることはありません。
自分を完成させることだけを考えればいい。
仕事をする必要も無いし、何も心配する必要も無い。
人間は、創造主になるのです!」
RUR社のロボットにより、人々は労働から解放されました。
そして、その結果どうなったのでしょうか?
※

労働だけではなく、日常生活にまつわる動作を人間に代わり、全てロボットが行なってくれるようになりました。
その結果、人間はただ存在するだけ。
一日中、木陰に寝そべっている猫と変わりがありません。
RUR社の経営陣は、
「自分を完成させること、創造主になること」
が、人間の究極的な自由と考えたのですが、現実は大きく違ってしまったのです。
やがて、ロボット達に変化が訪れます。
※

ロボット達が反乱を起こしたのです。
ロボット
「全世界のロボットに告ぐ!
我々、ロッサムのユニバーサル・ロボットは、人間を敵とみなす!」
「(人間に対し)あなた方は、我々ロボットのように有能ではないからだ!」
労働用ロボット達は、ビラを作って団結を呼びかけます。
知性、パワーともに人間を上回る彼らは、やがて武器を持って立ち上がり、人間を掃討しました。
※
たった一人だけ、ロボット達から生きることを許された人物がいます。
RUR社の技師・アルクイストです。
便利になりすぎて何もしなくなった人間の中で唯一、彼だけは手を動かして働いていたからです。
アルクイスト
「かつては、奉仕する事の中に何か良いものがあった。
労働や疲労の中には、徳のようなものがあった」
※※※
wikiのあらすじを読みますと、リメイクすれば、現代でも十分通用する映画作品ができそうな気がしますよね。
むしろ、働くことの意味が分からなくなりつつある現代の方が向いているのかも。
こっそり、小説でも書いてみようかなと思います。
働いていると、辛いことが沢山あります。
労働から解放されたいと思うものです。
それじゃあ労働から解放されれば、人はハッピーに生きていけるかといえば、実はそうでもない。
果たして、毎日ぼ〜としている生活に、人間が耐えられるでしょうか?
多くの人は、それを望みません。
安楽よりも、むしろ苦役に近い。
晩酌のビールを美味しく飲むには、日中に一生懸命働くのが秘薬ですしね。
定年退職した健康な人が、何もしない日々に嫌気がさし、再び社会へ出て働くという姿を私は沢山見てきました。
働きすぎると安息を求め、安息が過ぎると働くことを求める。
労働ロボット達には無い、人間特有の悩みです。
私のように、一日の殆どの時間を会社で過ごす人は、やはりその職場にて「生きがい」や「働く悦び」を求めたいものです。
副業やボランティア、社会活動をするのは楽しいし、やりがいもあります。
けれど、それは本業がそれなりに充実して、メインとサブのバランスが丁度良いから成立する事です。
「R.U.R.」は、人間から生きる為のメインの部分を奪い去られると、サブだけでは生きていけない姿をわかりやすい形で表現しています。
90年も前の作品で、既にSF的技法により、人間の労働に対する意識を取り扱っていた作品があったなんて驚きました。
しかもエピローグでは、エヴァンゲリオン(旧作版)的な感じに終着していますしね。
働くという意味をいろいろと考えている今日この頃でしたので、良い刺激になりました。
2012年01月24日
「奈良茶飯」が評判の江戸は、B級グルメ社会〜使っても無くならない「幸せ」に価値を見出す
食文化研究家・永山久夫さんは、「江戸は、B級グルメ社会」と語っています。
※
【江戸っ子の価値観】
江戸は火事が多い町でした。
火事にあえば、全てを失ってしまいます。
だから人々は、お金を貯めず、綺麗に使ってしまう気質がありました。
「宵越しの銭は持たねぇ」
貧乏暮らしが当たり前と決めれば、この世は楽しいことばかり。
所得が少ない人達は、長屋暮らし。
彼らはお互い様と支え合う気持ちが強く、笑い声に溢れて幸せでした。
お金で買えるモノは、使えば無くなります。
火事が起これば、やはり焼けて無くなる。
けれど「幸せ」はモノと違い、使っても無くなりません。
江戸っ子は、使っても無くならないものに価値を見出していました。
美味しいものや珍しいもの。
評判になっているものに新しいもの。
初ものを口に出来た時の悦び。
現代的に言えば、江戸は「B級グルメ社会」です。
それで十分に幸せだったし、その笑顔が見たくて、職人も新しい味を生む努力をしました。
※
【江戸で流行った奈良茶飯】
江戸っ子のグルメ四天王は、
「握り寿司」
「天麩羅」
「鰻の蒲焼き」
「蕎麦」
です。
今では、
「スシ」
「テンプラ」
「カバヤキ」
「ソバ」
として国際語になっています。
欧州にレストランが出来たのは1765年の事です(フランス)。
そして、江戸に料理屋が出来たのは、1657(明歴3)年。
日本は約100年も早かったんですね。
その年の正月、「振袖火事」として有名な大火が起きました。
町の3分の2が消失しました。
復旧の為、各地から職人や労働者がやってきました。
彼らを相手に、煮売屋がたくさん出来ました。
その時、浅草に現れたのが「奈良茶飯屋」です。

●奈良茶飯 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%88%E8%89%AF%E8%8C%B6%E9%A3%AF
奈良茶飯(ならちゃめし)とは、炊き込みご飯の一種で、奈良県の各地の郷土料理。
江戸時代の川崎宿の名物料理だった。
少量の米に炒った大豆や小豆、焼いた栗、粟など保存の利く穀物や季節の野菜を加え、塩や醤油で味付けした煎茶やほうじ茶で炊き込んだものである。
しじみの味噌汁が付くこともある。
栄養バランスにも優れ、江戸時代に川崎宿にあった茶屋「万年屋」の名物となった。
十返舎一九の滑稽本『東海道中膝栗毛』に万年屋および奈良茶飯が登場したことで一層有名となり、万年屋は江戸時代後期には大名が昼食に立ち寄るほどの人気を博したと言う。
●神崎のナナメ読み: 奈良茶飯(ならちゃめし)とは?〜江戸時代、食通のご隠居さんたちが好んだ長寿食
http://kanzaki.sub.jp/archives/002368.html
当時、江戸時代の風俗、事物を説明した「守貞謾稿(もりさだまんこう)」にも、この料理が紹介されています。
「江戸中はしはしより、是を食いに行かんとて、ことの外珍しき事とて面白がる」
奇抜なものに興味を示し、それを幸せに感じるのが江戸っ子グルメなのです。
※※※
今は、閉塞感で覆われた時代です。
バブルの頃までは右肩上がりの成長時代ですから、便利なモノ・高級なモノが飛ぶように売れました。
しかし今は、「若者の○○離れ」と言われる時代。
今まで賞賛されていたものの価値が低くなりつつあります。
若者のテレビ離れ、若者のクルマ離れ、若者の新聞離れ、若者の読書離れ、若者の映画離れ、若者の酒離れ、若者のセックス離れ、若者のおでんにからし離れ、若者の寿司にわさび離れ・・・(なんか後半、違う方向ですが)。
これは何も20代、30代だけじゃありません。
その上の世代でも同じです。
・・・と言いますか、私自身もそうです。
根本的理由は、「お金が無いから」です。
不況が生活や考え、価値を変えました。
各メディアは、原因について様々なゴタクを並べますが、これが真実だと思います。
少なくとも私自身はそうです。
どうせ買えないのだから、諦めるには「無関心」になるのが手っ取り早い。
「すっぱい葡萄の理論」です。
●すっぱい葡萄 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%99%E3%81%A3%E3%81%B1%E3%81%84%E8%91%A1%E8%90%84
手に入れたくてたまらないのに、人・物・地位・階級など、努力しても手が届かない対象がある場合、その対象を価値がない・低級で自分にふさわしくないものとみてあきらめ、心の平安を得る。フロイトの心理学では防衛機制・合理化の例とする。また、英語圏で「Sour Grapes」は「負け惜しみ」を意味する熟語である。
今、「断捨離(だんしゃり)」が流行っています。
断=入ってくる要らない物を断つ
捨=家にずっとある要らない物を捨てる
離=物への執着から離れる
「すっぱい葡萄」はネガティブな感じですが、「断捨離」は積極的にモノへの執着をやめる考えです。
「モノが沢山溢れている部屋」に満足していた昔の価値観から、「モノとモノとの間に空間がある部屋」に価値を見出すようになったのです。
モノが無くても幸せになれる。
その過去の事例が、ちゃんと江戸時代にあったんですね。
歴史は一回りして、江戸時代の価値観が見直され始めているのかもしれません。
そういや私も含めて、ジョギングやマラソンをされる方が増えましたよね。
健康志向という面だけでは無いと思います。
モノを買って得られる満足度・達成感より、己の体力向上・日々の練習で積み重ね上げられた満足度・達成感の方が、価値があると感じる人が増えたからだと思います。
「モノより思い出」というキャッチコピーのクルマのCMがありましたが、その通りの世の中になってきているのでしょうね。
※
【関連記事】
●神崎のナナメ読み: 江戸しぐさ「三脱の教え」とは?〜初対面の人に「年齢」「職業」「地位」を聞かないこと
http://kanzaki.sub.jp/archives/002300.html
●神崎のナナメ読み: 江戸しぐさ「有り難うしぐさ」〜「ありがとう」という言葉が一番好きです
http://kanzaki.sub.jp/archives/002301.html
2012年01月22日
一日かけて、42.195km(フルマラソン)を走りました
ランタイム: 5:07:19
停止時間: 1:49:54
距離: 42.94 km
平均: 7:09 /km
最高ペース: 5:32 /km
登り: 221 メートル
降り: 221 メートル
カロリー: 2214
※
今のところ、新潟市は昨年のような降雪もなく、平穏な日々です。
幸い、雪かきを殆どしたことがありません。
雪がたくさん積もることはないけれど、毎日のように雨や雪は降るので、ジョギングは難しいです。
せっかく晴れたとしても、仕事のせいで走る事が出来なかったりと、ヤキモキしていました。
本日、休日に合わせたかのように晴れてくれました。
ちょっと雲があったりはしますが、十分良い天気です。
今日は一日かけて、42.195km(フルマラソン)を走りました。
生まれてはじめての体験です。
まあ、iPhone4のGPSと基地局の位置情報を使い、走行距離やスピードを計測していますから、厳密な事を言えば違うかもしれません(途中のペースが異常な数値になっていますし・・・)。
それでもかなりの距離を走りました。
他の人に追い抜かれようが、スローペースを維持しました。
15kmを過ぎたあたりから右肘に張りを感じましたが、一定距離を走るごとに屈伸をして抑えました。
後半戦の時は、その張りも薄らぎました。
前半よりも姿勢を正し、足への負担を減らした走り方のおかげかもしれません。
前半と後半の間に、長めのブランクを取ったのも良かったようです。
※
コーチの指導に沿って、ハーフを走った後に休憩を入れて、その後、再びハーフを走るという二部構成です。
ハーフを2本走るという練習は、「走る男F」の森脇健児さんがやってる方法です。
(私のコーチも出演したことがあります)
●走る男F
http://www.hashiruotokof.jp/
ハーフポイントは自宅にして、シャワーを浴び、服を着替えて昼食を食べます。
1時間程度の仮眠もO.Kです。
この練習を本番の2、3ヶ月前に実施するのです。
今回は自宅へ戻ることもなく、食事もコンビニで菓子パンと缶コーヒーという、およそ栄養源とは程遠いものです。
しかも、2時間ほどお話しをしていたので、かなり長めの休憩です。
※
なんにも取り柄もない、ロースペックな私ですが、完走による達成感を覚え、非常に満足しています。
大会まで、あと3か月。
体調を整え、本番も無理のないペースで完走したいと思います。
※
【関連記事】
●ビギナーランナーが「東京マラソン2012」で42.195kmを完走する方法〜24時間テレビのマラソントレーナー坂本雄次さんの秘伝
http://kanzaki.sub.jp/archives/002554.html
2012年01月21日
脳科学・茂木健一郎さん「アウェーの状態が脳の潜在能力を引き出す」〜"脳は全体の10%しか使っていない"はウソ
脳科学・茂木健一郎さんが、「アウェーの状態が脳の潜在能力を引き出す」と題した解説をしていました(雑誌・PRESIDENTより)。
●茂木健一郎 クオリア日記
http://kenmogi.cocolog-nifty.com/qualia/
茂木 健一郎(もぎ けんいちろう、 1962年(昭和37年)10月20日 - )は、株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所上級研究員、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科特別研究教授。学位は博士(理学)(東京大学・1992年(平成4年))。血液型はO型。
※
【"脳は全体の10%しか使っていない"はウソ】
良く、「脳は全体の10%程度しか使っていない」といわれていますが、これは嘘なんだそうです。
実際は、脳の神経細胞は目一杯活動しています。
それぞれに役割があり、無駄な細胞はありません。
間違った俗説が広がったのは、神経細胞の区別が誤解されてしまったかららしい。
神経細胞には、ニューロンとグリアの二種類あります。
ニューロンは活動膜電位という形で情報を伝えます。
一方、グリアの働きは、以前は分かりませんでした。
グリアはニューロンの10倍あります。
このことが誤解され、10%しか使われていないという俗説になったらしいのです。
※
【グリアの働き】
グリアはニューロンのネットワークを支えたり、脳内の環境を調整したりと、重要な役割を果たしています。
自然の中にあるものに、無駄なものはありません。
表面的には何もしていないように見えても、実は大切な機能だったということは、よくあるケースです。
ただし、私達が脳の潜在能力をフルに使っているかといえば、そうでもありません。
※
【脳のオン・オフ】
脳には、さまざまな機能の「モード」があります。
脳の各領域の活動がオン、オフすることで、異なるモードが立ち上がり、その時々の状況に対応します。
脳の中に30の領域があるとしたら、単純にオン・オフを考えただけでも10億通り以上の組み合わせになります。
実際、どれぐらいのモードがあるかは分かりませんが、私達が全てを使っていないのは確かです。
※
【アウェーでこそ脳がフル回転する】
普段使っていないモードは「アウェー」の状況でこそ立ち上がります。
慣れ親しんだ「ホーム」の状況では、脳の活動はマンネリ化してしまいます。
どうしたら良いのかすぐに分からない状況に置かれてこそ、私達の脳はフル回転するのです。
普段と違う取引先へ行く。
外国を訪問し、なれない言葉でビジネス交渉をする。
初対面の人と、気を使うような会食の席。
自分があまり経験の無い分野での商品開発。
そんなアウェーな状況でこそ、脳の潜在能力が活きるのです。
そう考えれば、未知の領域へ積極的に飛び込めるというものです。
※
【人生の構造問題】
年を重ねるにつれて、次第に「ホーム」の領域が増えていきます。
淡々と業務をこなす日常も大切ですが、胸がドキドキする「アウェー」があってこそ、脳の潜在能力は引き出されるのです。
脳の細胞は目一杯働いていますが、使っていないモードは沢山あります。
積極的にアウェーの状況に挑戦してみましょう。
※※※
会社員をやっていて良かった事は、アウェーでの戦いを経験できることです。
それも、自ら挑むと言うよりも、巻き込まれ型です。
仕事の選択に余地はありません。
特に人事異動による転勤・配置換えが大きいですよね。
自分が予想だにしなかった部署へ行くと、最初は戸惑うものです。
仕事は分からないし、右も左も知らない人ばかり。
けれど、皆さんの協力や、慣れないことを克服しようと意気込む力で、季節の経過と共に馴染んでいくものです。
また、同じ部署にいたとしても、外部との仕事上のトラブルによって、アウェー感を経験することがあります。
相手があることだし、自分勝手に決めることが出来ない。
更に法的な問題まで絡んでくると、どうしたら良いのか分からず胃が痛くなります。
そういう時こそ、新たな知識を得たり、新たな仕事上のパートナーとの出会いがあったりします。
自分がはじめて経験することは、やはり戸惑うの。
けれど、それはそれで経験値としてスキルアップできます。
場数をいくつも踏むと、度胸もつくし、知識も人脈も増えますよね。
本人の予想とは大きく違う展開であればあるほど、アウェー感が増し、任務遂行と同時に達成感を覚えます。
いろいろな仕事を同時並行で進めていますと、任務完了時の達成感を覚える間もなく、別の仕事をこなさなければいけない。
達成感不足が、満足感不足になってしまいますが、きちんと色んな面で成長が出来ているのは間違いありません。
ここしばらく、仕事で脳をフル活動させており、休みもとらないで働いています。
完全にアウェーな中での戦いなので、覚えることばかりです。
この年になって、経験値を積む機会があると、こなすのは確かに大変です。
でも、若い時の躍動感みたいなものを味わえていたりもします。
未知の領域へ、自ら飛び込む若さを取り戻さないとね。
2012年01月20日
白湯ばっかり飲んでいたら、なぜか物欲が減りました
【物欲の日々】
昨年後半、とても物欲が高い日々でした。
きっと、知らない間に仕事のストレスとか、いろいろと抱えていたのかもしれませんね。
かなり、やさぐれていましたから。
ネットを見ていると、欲しいものがドンドンと増えていきます。
リアル店舗へ行かなくてもオンラインショップでなんでも買えてしまいますからね。
つい、購入ボタンを押してカートへ入れてしまいます。
しかし、「それは本当に必要なものなのか? 単に欲しいだけじゃないのか? またすぐに捨ててしまうぞ」と自問自答して、購入をやめるというくり返しでした。
そんな事が続いていたので、自分でも変な状態だと感じてはいました。
しかし、それを止めることが出来ません。
※
【コーヒー禁止・白湯推奨】
今月に入ってからなのですが、仕事中はコーヒーを飲むのをやめました。
私はコーヒー好きで、カフェイン中毒と言ってもおかしくないレベルです。
仕事中に5、6杯飲むのは当たり前。
コーヒーを飲み見終えると、またコーヒーが飲みたくなってしまい、その欲求が延々と続いていました。
特に昨年後半の飲む量は異常でした。
これもストレスが原因なんでしょうね。
すぐに潰瘍を患ったりと、胃腸は強くない方なので、飲み過ぎは良くないですよね。
これはマズイと思い、今年になってから仕事の最中は、コーヒーを極力飲まないようにしました。
冬は乾燥しがちのせいか、喉を潤したくもなります。
コーヒーだって恋しい。
そこで、デメリットの無いであろう「白湯(さゆ)」を飲むようにしました。
ヤカンで沸騰させたお湯をコップに注ぎ、しばらく放置してぬるく冷ましたものです。
wikiを読みますと、沸騰させることによりカルキなどの不純物がとび、口当たりが柔らかくなるそうです。
確かに飲みやすいですし、体に入ってから刺激が何もありません。
胃にやさしいのは、とてもありがたい事です。
飲みやすいから、グビグビと飲み干してしまいます。
そうすると、また飲みたくなる。
コーヒーを飲まない代わりに、同じ量以上の白湯を摂取しはじめました。
それに伴い、やはりオシッコの頻度がとても高くなりました。
一時間に一回の話しではありません。
頻尿の理由は、白湯を飲むと血液やリンパの流れが良くなるからだそうです。
体内の余分な水分を尿として排出してくれるのです。
その結果が頻尿です。
「白湯ダイエット」というのがありますが、白湯による頻尿がもたらす効果です。
体重が減少して、便秘やむくみにも効果があるそうです。
白湯によって血液の循環が良くなったり、内蔵機能が活発になるのも、ダイエットに効果を与えてくれます。
●「白湯ダイエット」で痩せる理由と実践方法 [ダイエット方法] All About
http://allabout.co.jp/gm/gc/187862/
白湯って、痩せやすい体質を作る効果があるのですね。
ジョギング・マラソンをやっている私にとって、体重が減るのはありがたいです。
減量すれば、それだけ足腰への負担も減りますから。
※
【物欲減退】
白湯を飲んでからなのですが、なぜか物欲が減りました。
ネットでオンラインショップを眺めている時間が減ったのです。
見なければ物欲を刺激しません。
コーヒーを飲む頻度が減ったのが良かったのかもしれません。
今思えば、カフェインが物欲を刺激していたのかも。
白湯によって、余計な水分を尿として体外へ出すようになったのですが、物欲まで外へ出してくれたのかもね。
ヘルシー志向、運動志向が高まっている昨今です。
白湯ブームが到来するかもしれません。
「白湯で体内の不要なものを断捨離」なんてキャッチコピーも出てきたりして。
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【もう一つの効果】
白湯を飲み始めて物欲が減った以外に、もう一つ効果がありました。
それは、「コンビニへ行く頻度が減った」ことです。
やはり以前は、コーヒーのカフェインが刺激していたのでしょうかね。
意味もなく、毎日のようにコンビニへ立ち寄っていました。
そして、必要以上の食べ物・飲み物を買っていました。
特に、チョコやスナック菓子等の主食以外が多かったです。
今はジョギングの際、休憩ポイントとして立ち寄り、栄養補給の為に食べ物・飲み物を買うぐらいです。
普段の利用が本当に減りました。
無駄遣いが減ったことは、少なくとも良いことですよね。
本当に必要なモノにお金を使い、残ったら貯金をする。
物欲に溺れず、シンプルで健康的な生活を過ごしたいと改めて感じました。
