2010年02月09日
NHKスペシャル無縁社会〜“無縁死(むえんし)”3万2千人の衝撃〜【5・"生涯未婚"の急増】
前回の続きです。
●神崎のナナメ読み: NHKスペシャル無縁社会〜“無縁死(むえんし)”3万2千人の衝撃〜【4・会社とのつながりを失った人々】
http://kanzaki.sub.jp/archives/002018.html
ここは名古屋市の中心部にあるNPOの合同墓地。
普通の墓より一段高い場所に、巨大な石で作った箱型の墓が二つあります。
それには扉が付いており、中を開けると、沢山の骨壷が納められていました。
この墓を生前に予約している人が既に一千人。
今も増え続けています。
その中で最近目立ち始めたのが、独身のまま一生を過ごす「生涯未婚」と呼ばれる人達です。
●"生涯未婚"の急増/無縁社会
NPOの合同墓地を生前契約している若山鉢子さん(79歳)。
若山さんはこれまで結婚せず、一人で生きてきました。
若山さんは40歳の頃、働いて貯めたお金でマンションを買いました。
以来、一人暮らしです。
父親を早くに亡くした若山さんは、看護師として家族を支えて働き続けました。
母親の介護と仕事におわれ、結婚をする余裕はありませんでした。
若山さん(高齢ではありますが、しっかり覇気のある賢い感じの声です)
「そりゃあ女だから、結婚して子供を産んでる幸せな人を見てると、ああ、私もという気持ちになります。なった時代もあります。
寂しくないと言ったら嘘になりますし、どちらかというと男勝りで我慢強い方だったから・・・・・・(けれど)最近は涙が先にでてきちゃいますね。いろいろと考えると・・・」
若山さんは取材班に、二つのぬいぐるみを見せてくれました。
「棺桶の中に入れてもらおうかな」と言ったぬいぐるみは、小さな豚と犬。
看護師時代に患者からもらったものです。
汚れたりしないように、ビニール袋にいれてあります。
一年に一回、袋を取り替えて大切にしてきました。
若山さんは、名古屋の平和公園墓地へ行きました。
荒波の音が聞こえる墓地。
墓地にある普通の墓を見て、「こういう一人ずつの墓は嫌。寂しいから」と言いました。
冒頭に書きましたNPOの合同墓地の前にやってきました。
若山さんが生前契約しているお墓です。
既に400人あまりの遺骨が納められています。
若山さんは、風で傾いてしまっている花を整え、お墓に手を合わせました。
若山さん
「こうして孤独に生きてきたから、やっぱり沢山の人と出会えると言うのが、私はいいなあと思うんですよね。
そして向こうに行ったら同じ職業をやりたいなあと思っているから。
あの世で(笑)」
若山さんの自宅に戻り、冷凍庫の中を見せてもらったところ、取材班は驚きの声をあげました。
食材がびっしりと入っていたからです。
三年前、がんの手術を受けた時、外出ができなかったそうです。
それ以来、いざという時に買いに行けない場合に備え、三ヶ月分の食料を蓄えているそうです。
若山さん
「心配なのはここにいて死んでても、骨だけになっても、電話が幾らかかってきても、自分には分からないこと・・・・・・」
"生涯未婚"・・・・・・男性は既に女性を上回るペースで増えています。
その多くは、非正規雇用で安定した収入を得られない人達です。
この日、大家の依頼で特殊清掃業者がアパートの一室に入っていました。
その部屋で亡くなっていたのは、舘 進(だて すすむ)さん(享年57)。
三十代で職を失い、その後は派遣会社を転々としていました。
収入が安定せず、結婚することはありませんでした。
特殊清掃業者の人が部屋のあちこちを見て気づいたのは、とてもこまめな生活をしていた人だということです。
室内にきちんと洗濯物を干していたり、炊いたご飯を小分けにしてラップで包んで冷凍したりと、まめな生活です。
密室のアパートで死後一ヶ月もの間、発見されなかった舘さん。
部屋にある留守番電話にメッセージが残されていました。
留守録を再生してみました。
「姉ちゃんだけど、おはよう。また後で電話する」
「進。姉ちゃんだけど病院に入院しているのかなあ。
もし病院に入っているんだったら、知らないで今日、とうきび送ったんだ。
明日・・・あさって? あさって着くんだけれど・・・まあ、いなかったら宅配便で送り返してくるからいいと思うんだけど・・・まあ、それだけ」
「進。まだいないの?
荷物(とうきび)送ったんだけれど、受け取れてないから、こっちに返してもらうようにするからね」
姉は弟の死を知らず、電話をかけ続けていたのです。
姉は遠く離れた北海道にいることがわかりました。
取材班は、姉の百合子さん(65歳)に会うことになりました。
百合子さんは年々、足が弱くなり、遠出するとは出来ません。
テレビの上にある弟の写真の横に、果物を供えました。
そして「生きている人の気休めみたいなもんだよね」とつぶやきます。
離れて暮らす姉と弟。
十年近く、行き来はありませんでした。
弟からの最後の電話についてたずねてみました。
百合子さん
「いやあ、姉ちゃんの声を聞きたかったんだと電話が来たことがあるの。
うん。日記を見たけれど、そのことについて書いてないのよ。
モノを送ったことは書いてあるんだけれど、ただそれが、いつだったかなあと思ったけれどねえ・・・思い出せないの。
ただ、いっぺんだけ来たのが、さいならという最後の言葉なのかなって・・・そう思ったの」
百合子さんは、声を詰まらせて涙が出てきました。
孤独の中、ひとり亡くなっていた舘さん。
自治体によって火葬されていました。
家族を作らずひとりで生活する人が急増する時代。
20年後の2030年には、生涯未婚の数は、女性は4人に一人、男性は3人に一人だと推計されています。
無縁社会をどうすればくい止められのか?
取材班は、その手がかりになる男性がいた事を知りました。
(続く)
今晩9時のNHKニュース内でも、無縁社会について特集を組んでいました。
上記に書いたような共同墓地に入ることについて、生前契約を結んだ人達についてでした。
共同墓地に入る予定の人達は、死んでから出会うわけではありません。
全くの他人だった人達は、同じ墓に入るんだという一種の絆により、生きている間にも交流があるのです。
例えば、一緒に歌うことを楽しんだりと連帯感を持っています。
人や社会と距離を置いた生活をしていた人達が、再び連帯感を感じられるきっかけとして共同墓地が存在しています。
死ぬためではなく、生きるためというのがいいですよね。
いよいよ次回で最後です。
書き終えたとき、私はどのような境地に至っているのか、とても楽しみであり、不安でもあります。
2010年02月08日
NHKスペシャル無縁社会〜“無縁死(むえんし)”3万2千人の衝撃〜【4・会社とのつながりを失った人々】
前回の続きです。
●神崎のナナメ読み: NHKスペシャル無縁社会〜“無縁死(むえんし)”3万2千人の衝撃〜【3・薄れる家族とのつながり】
http://kanzaki.sub.jp/archives/002017.html
3万2千人の無縁死。
取材を進めて行く中で、無縁死は将来、更に拡大する兆しがあることが分かってきました。
今、頼れる家族たちがいない人達が、NPOの窓口に殺到しています。
家族に代わり、亡くなった後の手続きを行うNPOがここ数年、相次いで設立されています。
死後の葬儀や納骨、遺品整理等をしてもらう生前契約を結び、入会金を納めます。
生活にある程度余裕のある人達でも、一人暮らしに不安を抱えてやってきます。
取材したNPOは、設立から8年。
年々会員は増え、今年は四千人近くまでになりました。
最近では、定年退職前の50代で入会を決める人もいます。
取材班は、50代で入会した一人の男性に会うことにしました。
58歳の時にNPOに入会した高野藤常さん。
高野さんは定年退職した途端、唯一の社会との接点を失いました。
●会社とのつながりを失った人々/無縁社会
リストラや非正規雇用の増加。
そして団塊世代の大量退職。
会社との繋がりを失った時、何が起きているのでしょうか?
NPOに入会した高野さんは、一人孤独に死にたくないと、東京の小平市にある有料老人ホームに暮らしています。
50代で熟年離婚。
老人ホームに来たのは、定年退職してすぐの事でした。
頼れる家族のいない暮らしです。
高野さんは高校卒業後、大手都市銀行に就職しました。
会社中心の42年間の生活。
殆どが、人間関係で築いた人間関係でした。
高野さんは今も、勤めをしていた頃の大量の名刺を所有しています。
営業の現場を渡り歩いていた当時の取引先の名刺の数々。
高野さん
「本当に息をつく暇もないというか、食事が出来ないという感じです。
毎日帰宅が、2時3時でした」
仕事時代の思い出を振り返る毎日の高野さん。
高野さんは取材班に、「三菱の100年」という本を見せました。
その書籍のとあるページにある写真。
大きなコンピューターの前に立っている若き日の高野さんが写っていました。
その大きなコンピューターは、アポロを上げたコンピューターなのだと嬉しそうに説明してくれました。
アポロがあがった時にどう思ったかの問に、「おれは三菱だという感じなんですよね」と返しました。
彼は仕事で無理を重ねた結果、40歳で体を壊しました。
糖尿病なので、老人ホームのスタッフが部屋に運んでくる食事は一日三食、厳しく栄養管理をしています。
食事と一緒に、「うつ」の薬も運ばれてきました。
仕事のストレスからうつ病にもなったのです。
そして、それは今も完治しておらず、確かに目の動きや歩き方等に挙動不審なところが見えます。
高野さん
「今考えたら、あんなに仕事をして、おかしいんじゃないかと思う。
全部自分にツケが帰ってきたという感じです。今みたいな形で・・・」
家庭より仕事。
50歳で熟年離婚。
息子と娘は妻が引き取りました。
「これは私の宝物ですからね」と言って取材班に見せたのは、ポケットから出した鍵。
その鍵には、小さな金属製のプレートが付いています。
小学校の修学旅行で息子が買ってきたキーホルダーのお土産です。
「FUJITSUNE TAKANO S.59.8.10」と刻印が打ち込まれています。
会社にはもう行く必要がない。
社会との接点を失った・・・。
高野さんは仕事をやめるまで、自分の家族や人生をかえりみることはありませんでした。
この日、退職して以来はじめて、自分の両親のお墓参りをしました。
高野さん
「(両親の墓を見ながら)もちろん子どもがいて孫を抱いて、そういう生活が一番の希望だった。
家族団らんですよ。
昔わたしがね、ひとりで銚子に行ったのよ。
銚子に行った時、お年寄り夫婦がね・・・(間をおいて唾を飲み込む。ゆっくりと震えた声を押し出す)・・・座って、尺八を吹いているんだよ(涙が出てくる)。
私も、ああいうふうになりたいと思っていたのよ・・・」
家族より会社を優先に生きてきた人達。
家族との繋がりをなくし、会社との接点を失った時、無縁化する姿が見えてきました。
*****
ここは名古屋市の中心部にあるNPOの合同墓地。
普通の墓より一段高い場所に、巨大な石で作った箱型の墓が二つあります。
それには扉が付いており、中を開けると、沢山の骨壷が納められていました。
この墓を生前に予約している人が既に一千人。
今も増え続けています。
その中で最近目立ち始めたのが、独身のまま一生を過ごす「生涯未婚」と呼ばれる人達です。
(続く)
いやあ、今回も切ないケースでした。
妻も子供もいて、しかも大手に勤めていたのだから給料もいい。
しかし、そんな人なのに、過度の労働で体を壊し、妻とは離婚し、子供たちとも引き離され、寂しい一人暮らしをすることになった・・・。
真面目に生きてきたのに、どうしてこんな結末になったのでしょうか?
家庭と仕事のどちらを優先するかと言われれば、給料をもらわなければ生きていけないのだから、やはり仕事を優先してしまう人が多いことでしょう。
最近の調査で、若者達が恋人との約束と、急な仕事とどちらを優先するかとの質問に、仕事と答えた人の方が圧倒的に多かったのを記憶しています。
終身雇用、年功序列にも賛成の若者たちも多い。
これはやはり、大学を卒業しても就職が困難な時代だからでしょうかね。
私も定年まで、まだまだ長い道のりです。
今の仕事をやめてしまったら、転職は相当困難でしょう。
仮に転職ができたとしても、給料が下がったり、待遇が以前より悪くなる可能性の方が高いです。
だから仕事上、辛いことがあったとしても、無理して頑張らなければいけないと思ってしまいます。
それが、ストレスやうつ病、自殺等につながるのも分かってはいますが、どうしようもありません。
経済評論家であり公認会計士でもある勝間和代さん。
彼女が言うには、一つのところから収入を得ている状況が、長時間労働、心身の故障につながる原因だと言っています。
収入が、会社からしか得る手段がないから無理をしてしまう。
しかし、別の副業(投資等)があることによって、精神的にゆとりが出ると言っています。
今の経済状況からすれば、勝間さんの勧める投資信託等も、私にはちょっと危険な感じがします。
しかし、複数の手段で収入を得ることで、精神にゆとりを持たせるという考えには賛成です。
私の場合、残念ながら複数からの収入がある状態ではありませんが、こうやってサイト更新をしたり、写真を通じて地元の人達と交流が出来る事も、精神のゆとりにつながっているように思えます。
仕事一筋人間の終着が、必ずしもグッドエンディングだとは限らない事が判明した以上、自分自身、いろいろと生き方に幅をもたせた選択をしようと思いました。
●次回の記事: NHKスペシャル無縁社会〜“無縁死(むえんし)”3万2千人の衝撃〜【5・"生涯未婚"の急増】
http://kanzaki.sub.jp/archives/002019.html
2010年02月07日
NHKスペシャル無縁社会〜“無縁死(むえんし)”3万2千人の衝撃〜【3・薄れる家族とのつながり】
新潟市は大雪続き。
早起きして自宅の除雪、出社して会社でも除雪。
更にとなりの会社や、子供たちの通学歩道の除雪も行ったりしていると、2、3時間なんてあっという間です。
普通に生活するだけでも疲れる日々です。
早く雪がやんでくれないかなあ・・・。
**************
前回の続きです。
●NHKスペシャル無縁社会〜“無縁死(むえんし)”3万2千人の衝撃〜【2・身元不明の死】
http://kanzaki.sub.jp/archives/002016.html
ごく当たり前の生活をしてきた人がひとつ、またひとつ繋がりを失い、一人孤独に死んでいった姿が見えてきました。
3万2千人の無縁死。
取材をしていくと、家族がいるのに引き取られないケースが多いことが分かってきました。
●薄れる家族とのつながり/無縁死3万2千人
今、無縁死の現場で、かつてない新たなビジネスが生まれています。
「特殊清掃業者」・・・自治体等の依頼で家族に代わって遺品の整理をする清掃業者です。
僅か数年で、三十社あまりにもなりました。
清掃業者が作業をしている場所へ訪れた取材班。
取材した部屋には、息子が引き取らなかった両親の遺骨が残されていました。
業者は、宅配便でこうした遺骨を引き取る寺へ送っていました(ゆうパックで送付)。
遺骨の行き先は富山県高岡市にある大法寺。
おととし、全国から行き場の無い遺骨の引取りをはじめました。
この寺にある納骨堂にて、遺骨に対して念仏を唱えるお坊さんたち。
多くは家族に引き取られなかった遺骨です。
都市部から届く遺骨が多いそうです。
大法寺の住職 栗原啓允さんは語ります。
「私たちだって、人生一つ間違えれば、一つだって歯車が狂えば、独居老人になって、孤独死するかもしれない。
決して、我々と違った人生を歩んだ人達じゃない。
みんなちゃんとした一生がある。
子供も持っていたかもしれない。
きちんと一人前に育てたのかもしれない。
生まれたことで親を喜ばせたかもしれない。
みんなそれぞれの一生があるのに、ただ人生の終盤で孤立して全くどこに埋葬されたのか、その人の痕跡が残らないという不条理。
そういうものがおかしいと思うのです」
家族の繋がりが薄れる中で無縁死が起きているのではないか。
取材班は、去年4月に亡くなった一人暮らしの男性の死を追いました。
亡くなっていた常山善治さん(享年55)は、かつてタクシーの運転手をしていました。
市役所が親族を探したものの、誰にも引き取られませんでした。
その後、常山さんの遺体は、新潟の病院へ送られていました。
新潟にある新潟大学医歯学総合病院です(私も、親知らずの抜歯の為に行ったことがあります)。
この大学病院では、学生が実習で扱う献体が不足していました。
常山さんの遺体は親族の承諾を得て、ここに送られていました。
取材班は、常山さんの親族を訪ねました。
まず、市役所から連絡を受けていた叔父と会うことが出きました。
叔父は常山さんと長年、疎遠でした。
それでも常山さんを供養しようと戒名をつけていました。
しかし名字が違うため、墓に入れなかったのです。
叔父によりますと、遺骨は自分のうちの墓と混ぜられず難しい。
急に墓も作れない。
仕方がないと声を弱らせていました。
常山さんの献体承諾書。
承諾のサインをしていたのは、お兄さんでした。
取材班は富山県にいる兄を訪ね、事情を聞くことにしました。
兄はこう話しました。
「両親が死んだ後、兄弟は疎遠になり、弟とは10年以上連絡もとっていなかった。
自分も生活に余裕が無く、弟は病院の無縁墓地に埋葬して欲しいと頼んだ」
家族でさえ繋がりが薄れ、関わりあいを持たない時代。
そのなかで無縁死は起きていました。
新潟大学医歯学総合病院内にある慰安室。
そこの壁には巨大な金属の扉が幾つもあります(料理屋の業務用の冷蔵庫みたいな感じ)。
そこに「献体番号683♂」と手書きされた札があります。
常山さんは、ここに安置されています。
3万2千人の無縁死。
取材を進めて行く中で、無縁死は将来、更に拡大する兆しがあることが分かってきました。
今、頼れる家族たちがいない人達が、NPOの窓口に殺到しています。
家族に代わり、亡くなった後の手続きを行うNPOがここ数年、相次いで設立されています。
死後の葬儀や納骨、遺品整理等をしてもらう生前契約を結び、入会金を納めます。
生活にある程度余裕のある人達でも、一人暮らしに不安を抱えてやってきます。
取材したNPOは、設立から8年。
年々会員は増え、今年は四千人近くまでになりました。
最近では、定年退職前の50代で入会を決める人もいます。
取材班は、50代で入会した一人の男性に会うことにしました。
(続く)
結婚をしたり、親族がいる事のメリットの一つは、本人が死んだ後の整理をやってもらえることです。
メリットでもあり、安心でもある。
自分という存在を記憶という形、またはお墓や葬儀等の形で残してもらえる安心。
しかし今では、結婚したからと言って、葬儀や遺骨の引き取りをしない遺族もいるのですね。
人間関係の希薄さは、他人との接点もそうですが、身内同士ですら進んでいるのです。
経済環境の悪化も不安ですが、それ以上にこちらが深刻です。
人間という生き物の意味はなんなのでしょうかねえ。
●次回の記事: NHKスペシャル無縁社会〜“無縁死(むえんし)”3万2千人の衝撃〜【4・会社とのつながりを失った人々】
http://kanzaki.sub.jp/archives/002018.html
2010年02月04日
NHKスペシャル無縁社会〜“無縁死(むえんし)”3万2千人の衝撃〜【2・身元不明の死】
前回の続きです(前回の記事が、ものすごく話題になったようですね)。
●神崎のナナメ読み: NHKスペシャル無縁社会〜“無縁死(むえんし)”3万2千人の衝撃〜【1・行旅死亡人(こうりょしぼうにん)とは】
http://kanzaki.sub.jp/archives/002015.html
NHKの取材班は、官報に掲載されていた行旅死亡人のひとつの記事に注目しました。
自宅の居間にいたにも関わらず、名前が分からず氏名不詳となっていたからです。
取材班は、この男性の死までの軌跡を追うことにしました。
●身元不明の死/無縁死3万2千人
遺体発見現場は、東京都大田区の住宅街にある古いアパートでした。
身元不明の男性が住んでいた部屋には、テレビや冷蔵庫もそののま置かれ、コンロの上にはフライパンもありましたし、そばには使いかけの醤油の瓶などもありました。
テレビの側には、ガラスケースに入れられた古い和風の女性人形もありました。
湯飲み茶碗の中には、使い古しの歯ブラシがありました。
大家さんによると、遺体発見の際、物凄い臭いだったそうです。
氏名不詳の男性の死は、一週間以上気づかれなかったとのこと。
第一発見者のアパートの住人によりますと、発見当時、テレビは音を流し続けていました。
明かりも灯ったまま。
部屋にはコタツがあり、そこに足を入れて普通に座った状態で死んでいたのです。
大家さんが、氏名不詳の男性と交わしたアパートの契約書を見つけてくれました。
平成3年に入居していました。
契約書には彼の名前がありました。
小林忠利さん。
なぜ名前があるのに、氏名不詳となっていたのか?
アパートの住人達にたずねてみました。
住人は地方出身の単身者(それも高齢)ばかりでした。
住人同士のつきあいはなかったようです。
家族もいないので、誰一人、小林さんの身元を特定することはできなかったのです(そんな馬鹿な事ってあるのでしょうか? 通帳もあったし、勤め先も知られていたのに・・・)。
大家さんによると小林さんは、都南給食センターに勤めていたそうです。
アパートから自転車で10分ぐらいで行けます。
取材班は、勤め先であった近所の給食センターへ向かいました。
小林さんは正社員として20年間、定年まで無遅刻、無欠勤だったそうです。
退職後、同僚とのつきあいは薄れていました。
従業員に話しを聞きますと、小林さんは寂しそうな目をしていたそうです。
一人で東京にいるよりも、故郷に帰りたかった・・・・・そんな感じだったそうです。
給食センターに保管されてあるであろう小林さんの履歴書を探してもらいました。
そして、それは見つかりました。
名前さえ分からなかった小林忠利さん(享年73)。
自筆で書かれた履歴書には、出身地は秋田市川尻町と書かれていました。
取材班は、小林さんの歩んだ人生を調べるため、本籍地・秋田へ向かいました。
近所の人の案内で、実家の住所へ向かいました。
しかし既に、実家の建物はありませんでした。
この辺りは全部、都市計画で変わってしまったのだそうです。
土地は人手に渡り、小林さんの両親は既に亡くなっていました。
履歴書を見ますと、小林さんは高校卒業後、地元の木工所に勤務していました。
しかし、32歳の時に倒産。
地元に親を残し、東京へ働きに出ました。
取材中、小中学校時代の同級生が見つかりました。
同期会の話題で、小林さんの事が上がったことは無いそうです。
小学校の同期会名簿を見ますと、小林さんは消息不明の欄に記載されていました。
小林さんは両親の死後、故郷との繋がりも無くしていました。
この10年、衰退が一気に進んだ地方都市。
都会へ出たまま故郷へ戻れない人達が急増しています。
小林さんの遺品の中に残されていた一枚の通行証。
その手がかりから、亡くなる半年前まで東京で派遣労働をしていた事が分かりました。
派遣会社の社長に聞きますと、小林さんはニコニコと働いてくれていたそうです。
工業用の機械のある部屋の中で、普通の人ならば単調的で嫌になる仕事。
汚れて爪の中まで機械の油で真っ黒になるからです。
けれど働いてくれた。
小林さんは給食センターを定年退職した後も、日雇いで働いていました。
繁忙期だけ声をかけられて仕事をしていたのだそうです。
日給一万円の仕事。
小林さんは故郷を心の中から忘れ去っていたわけではありませんでした。
秋田にある両親の墓の供養料を寺へ送り続けていたからです。
東京の無縁墓地に埋葬された小林さん。
彼は故郷へ戻ることは出来ませんでした。
小林さんは故郷との繋がりをなくし、東京でも繋がりを失ったまま無縁死していました。
小林さんの官報の記事。
前回に解説しました行旅死亡人の欄には、こう書かれていました。
行旅死亡人
本籍・住所・氏名不詳の男性、身長162cmぐらい、体格中肉、年齢60〜80歳(推定)、所持品は現金100,983円、預金通帳2通、キャッシュカード2枚、財布等2個、住民基本台帳カード1枚、腕時計1個、青色パンツ着用
上記の者は平成20年11月5日午後3時15分頃、○○○○居間であぐらを組み、前に倒れ込む様に腐乱状態で死亡しているのが発見された。死亡年月日は平成20年・・・・・・・・。
その記事は10行で終わっていました。
預金通帳や住民基本台帳カードもあるし、しかも勤務先まで分かっていたのに、なんで身元不明なんだよ・・・。
ごく当たり前の生活をしてきた人がひとつ、またひとつ繋がりを失い、一人孤独に死んでいった姿が見えてきました。
3万2千人の無縁死。
取材をしていくと、家族がいるのに引き取られないケースが多いことが分かってきました。
(続く)
真面目に生きてきた人なのに、なんでこんな結末を迎えたのでしょうか?
やはり、人との「縁」というものが希薄だったからなのでしょうか。
「最近の若い人達は、人間関係が希薄だ」なんて言われますが、実は若い人だけではなく、年配の人達も変わらないのかもしれません。
年代ではなく、そういう時代なのかも。
若い人達は、何だかんだ色んな場面で、社会や人と接点があります。
仕事をしていれば尚更。
けれど定年退職をして、しかも身内が誰一人いない状態だと、よほど自分から接点を作らなければ、孤独になってしまいます。
インターネット上で同じ趣味の人を見つけるとかもないでしょうしね。
自分というものをこの世の中に残すには「縁」が必要。
縁とは、相手に自分の存在を記憶してもらうことだと思うのです。
縁が薄れるとは、相手の記憶から忘れ去られるという事。つまり無関心。
縁を沢山残して、この世を去りたいものです。
しかし私自身、そんなに縁があるのかなあ・・・。
このサイトも私が死んで、レンタルサーバーの更新料を支払わなければ消滅します。
けれどグーグルのキャッシュ等で、永遠にネットの海をさまようのかもしれません。
誰かの目に止まり、少しでも書いた記事に興味を持ってもらえれば、死んだ後も「縁」というものが増え続けるかもしれません。
●次回の記事: NHKスペシャル無縁社会〜“無縁死(むえんし)”3万2千人の衝撃〜【3・薄れる家族とのつながり】
http://kanzaki.sub.jp/archives/002017.html
