(NIPCOM 第16回プラモデル展示会より)
●知性の磨き方(齋藤 孝)より
※福沢諭吉について
『福翁自伝』には、福澤が 13 〜 15 歳くらいの時分に、近所の神社から御神体を引っ張り出し、どこにでもある石と取り替えてしまったというエピソードがあります。
<〜一切不信仰で、狐狸が付くというようなことは初めから馬鹿にして少しも信じない。子供ながらも精神は誠にカラリとしたものでした〉
この「カラリとした精神」は、メンタルの強さにもいい換えられるものであり、じっさい福澤は生涯を通じてメンタルの問題を抱えることがありませんでした。
普通の人が過去の失敗に固執したり合理的とはいい難いノスタルジーに囚われているあいだに、「情ではなく理」を原動力に、どんどん次へと進んでいくのが福澤です。
こうしたドライで合理的な判断を次々に下し、行動できる精神の強靭さは、やはり知性の一形態にほかなりません。
人間がストレスを感じるとコルチゾールというホルモンが分泌され、脳がダメージを受けるという話をしましたが、コルチゾールの分泌を抑える(=扁桃体の興奮を冷ます)ためには、人間の脳において知性的な能力を 司る部分である前頭前野を活発に働かせなければいけません。
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【コメント】
「カラリとした精神」
「絶望するだけ時間のムダ」
福沢諭吉の思考です。
福沢諭吉は生涯、精神をやられたことがありません。
(その対象的なのが、夏目漱石ですよね)
貪欲に知識を吸収し、それを元にどんどん実行する印象です。
それが結果、精神をやられない事にもつながったのです。
私は、気持ちをリラックスさせる・気分転換に、なにかレジャーに出かけるとか、お酒を飲みに行くとかは考えません。
それをやったとて、どうしても「逃げている」ように感じるのです。
だから楽しめません。
だったら、逃げずにがっつりやった方がいい。
今はそんな感じです。
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