2025年08月18日

「武士道」(新渡戸稲造)〜義理と義務の違い

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(NIPCOM 第16回プラモデル展示会より)

●1分間武士道 (1分間名著シリーズ)(著:新渡戸 稲造、齋藤 孝)より

summary


義理は堕落し、あれこれ説明したり、是認したりする時の漠然とした判断基準となった。 (義)


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「義理は時を経るごとに堕落し、あれこれのことを説明したり、是認したりする時に呼び出される漠然とした判断基準となった」
と新渡戸は述べています。


武士の七徳の「義」から派生した言葉に、義理と義務があります。
義務は「しなければならない正しい道理」であり、単純明快です。

義理には「あの人には義理があるから断りにくいなあ」というような負い目がからみます。

新渡戸は、義理は本来は正しい道理だったが、いつしか、相手に対するある種の負い目や、世間が期待しているという 曖昧 な義務感に変質したと考えていました。

義理は不当な行為を正当化する時や、相手に無理無法を強いる時に便利に使える言葉にもなりました。
義理は使い方一つで 詭弁 の道具にもなるのです。

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この章を次の言葉で締めくくっています。
私たち現代人も義理に囲まれており、戒めにもなる言葉です。


「もし正しい勇気の感覚、損なことでもあえて行い…耐え忍ぶ精神が武士道になかったならば、義理はたやすく臆病者の巣になったことだろう」

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【コメント】


義理という言葉が、とても重くのしかかり負担になっていますよね。
これは現代だけではなかったのですね。


義理を理由に悪い方向や、どう考えてもおかしい事を無理強いしてくる人がいるものです。
なるべく距離を置きたいものです。

Posted by kanzaki at 2025年08月18日 06:51