●子どもが心配 人として大事な三つの力 (著:養老 孟司)より
やはり教育の最終目標は子どもたちの幸せにあると確信を深めています。
ただ「幸せ」という言葉自体の定義が、なかなか難しいですね。
英語だと「happiness」と「well-being」の二つがあって、語源を調べてみると、「happiness」のほうはやはり「happen」と同じで、「時間とともに変化するもの」でしょう。
あるとき幸せでも、しばらくすると状況が変わるという。
一方、「well-being」は、もう少し意味が深くて、「より良き生存」と言いますか、「生きがいをもって生きると同時に、安全も保障されている」というふうに捉えられます。
西洋の古来の哲学者が考えた「幸せ」は、この「well-being」に近い感じがします。
今では日本工学アカデミーの目的もEngineering the future toward human security and well-beingとなりましたし、種々の機会に使われるようになりました。
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またカントは晩年、倫理のほうにどんどん入り込み、そのなかで「自分が幸せを追求するのは権利である。
と同時に、他者の幸せに尽くす義務がある」というようなことを最晩年の『人倫の形而上学』に書いています。
「他者に共感し、他者の幸せのために尽くすことが、自分の幸せにつながる」と考えたのだと思います。
これは目下、地球上の極端な「経済格差」を軽減するにはどうしたら良いかと、経済学者の方々と議論をしているところです。
私はいま、幸せのポイントは「共感」能力、言い換えれば「温かい心」(Warm-heartedness) を育むことにある、それこそ子どもたちが幸せになるための教育の最終目標であると考えています。
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【コメント】
日常生活に、「幸せ」は必要ですが、「幸せの定義」はいりません。
学術的なことは分かりませんが、個人が考える「幸せの定義」は人それぞれ。
故に議論しても、結論は出ずに、「まあ、人それぞれだよね」で終わってしまいます。
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新潟はラーメンの種類が豊富で、お店も多いです。
故に、人それぞれが好きなラーメン店のメニューも異なります。
県民性もあるのでしょうが、私より上の年代と好きなラーメン店の話しをすると、大抵、私が好きなラーメン店は否定してきます。
そして、その人が推すラーメンを熱く語ってくる。
うっとおしい。
ある時を境に馬鹿らしくなって、その話題を出すことは無くなりました。
否定ばかりしていたら、相手は口をつぐむということをわからないのでしょうかね。
ラーメンですらこれですから、抽象的な幸福論なんてもっと悲惨な討論になってしまいます。
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