最近、「言いにくいけど言ったほうがいい(と本人は思っている)」ことは言わないようにしています。
自分と同じ考えのことが、本に書いてありました。
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「言いにくいけど言ったほうがいい」ことの8割は言わないほうがいいと私は思っています。
言ってあげることで、必ずその人の何かが改善される。
そうであれば言ってあげるほうがいいに決まっていますが、そんなことは僅かしかないものです。
ほとんどの場合は、言われたほうが嫌な思いを残すだけです。
「そんなことはあなたに言われなくてもわかっている」。
相手にすればそのような内容がほとんどだと考えたほうがいいでしょう。
自分でわかっていることを他人から指摘される。
それはとてもプライドが傷つくものです。
心が動じるということで言えば、プライドが傷つくことほど動じることはありません。
相手に言う前に、自分自身の中でよく考えることです。
それでもなお、言ってあげたほうがその人のためになると思うときには、できる限り言葉をオブラートに包んで言ってあげることです。
直接的な言葉で指摘するのではなく、なるべく相手が傷つかない言い方をしてあげるのです。
その言葉のオブラートとは何でしょうか。
それは自分自身の心が生み出すものなのです。
本気で愛する相手に対しては、何とか傷つかないようにしようとするでしょう。
その結果として心のオブラートが生まれてきます。
ところがどうでもいい相手に対しては、心の中にオブラートは生まれてこないものなのです。
心のオブラートとは、けっして曖昧な言葉にすることではありません。
言うべきことを言いつつも、その言葉に優しさを載せていくことだと私は思っています。
これは相手のためには言ってあげたほうがいい。
もしもそう思ったとしても、あなたの中に心のオブラートを見つけることができないのであれば、それさえも言わないほうがいいと思います。
言葉で言うのではなく、近くでそっと見守ってあげればいいということです。
言葉にしなくても、本心から相手のことを考えていれば、その心はきっと相手に伝わっているものです。
「あえてこの人は言わないでいてくれる」
お互いにその優しさに気づいたとき、心の絆は結ばれていくのです。
言葉ではなく、心で対話をすることも大切なことです。
『「動じない」心のコツ』(枡野 俊明 著)
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助言・指導・アドバイス・注意・𠮟咤激励・・・・・・いろいろあるけれど、すぐに口にするのはやめています。
後になって振り返ってみると、大抵はそれで正解だったように思うのです。
理由は3つ。
(1)相手のやり方や考え方、自分のやり方や考え方、どっちを選ぼうがゴールは一緒だから。
(2)6割ぐらい正解だったのなら、残りは致命的なものさえ無ければ、わざわざ修正する必要はないから(完璧でなくていい)。
(3)その場の「感情」で発言したものは、感情ばかりが相手に伝わり、内容を理解してもらえないことが多いから。
ドライな感じに思うかもしれませんが、大抵は問題ないのかなと。
助言や注意のような大上段なものより、普段の「雑談」の中で交わしていく方が良いのではと思います。
コロナ禍のせいで、そういう「雑談」がしにくくなりましたね。
テレワークだとなおさらです。
相手の気配や、仕事に対する殺気が感じられないと、語り掛けるタイミングが分からないものです。
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『どうでもいい相手に対しては、心の中にオブラートは生まれてこないものなのです』という文章が心に突き刺さりました。
まったくそのとおりです。
相手が自分へ話しかけた言葉で、そのオブラートの度合いは分かるから、どうでもいい相手なんだろうなと感じ取れますよね。
仕事の場合、お互い「どうでもいい相手」だと認識しつつも業務をこなさないといけない場合もあります。
そういう時は感情がのりやすいので、なるべく話さないようにしています。
今はメールとか伝達手段は豊富ですからね。
これもドライだと言われてしまうかもしれませんが、相手を傷つけないためです。
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