●『NHK「100分de名著」ブックス アドラー 人生の意味の心理学 変われない? 変わりたくない?』(岸見 一郎 著)より
しかし、アドラーのいう優越性の追求とはそういうものではありません。
競争は、精神的な健康を損ねるもっとも大きな要因です。
勝つか負けるかの競争の中に身を置いている人は、たとえ競争に勝っても、いつ負けるかもしれないと思っているため心の休まる暇がありません。
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健全な劣等感とは、他者と比較して自分が劣っていることで感じるものではなく、理想の自分との比較の中で生まれるものであり、健全な優越性の追求とは、先に引用したアドラーの言葉を使うならば、自分にとっての「マイナス」から「プラス」を目指して努力することです。
病気になった人が少しでも回復したいと思い、摂生したり、リハビリに励んだりする時には、ただ自分にとってのマイナス(病気の状態)からプラス(健康な状態)を目指すこと、回復を望めないとしても、少しでもマイナスからよりプラスであることを目指すことが健全な優越性の追求といえます。
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アドラーは、人間の悩みはすべて対人関係の悩みであると考えていますが、対人関係の軸に「競争」があると思っている限り、人は対人関係の悩みから逃れることはできません。
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アドラーがここでいっている「人生の課題に直面し、それを克服する」ことが優越性を追求するということの意味です。
しかし、課題に直面し、「真に」それを克服できる人は、ただ自分のためにだけ優越性を追求するのではなく「他のすべての人を豊かにする」つまり、幸福にするということ、「他の人も利する」(前章で使った言葉でいえば、他の人にとっても「善」になる)仕方で「前進」(ここでは上下ではなく、前へ進むことがイメージされています)する人だといわれています。
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勉強は自分の興味を満たすためだけにするものではなく、ましてそのことで他者よりも優れていることを誇示するためにするものではありません。
自分が得た知識を他者のために役立てるために勉強するのです。
すべての学びや行動は意識せずとも何らかの形で他者への貢献につながっています。
誰でも他者に貢献することはできるはずです。
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自分にしか向けられていない関心を、他者に向けていく──そして、他者を競争すべき「敵」ではなく、協力して生きる「仲間」と思えるようになれば、誰かの役に立ちたいという気持ちが生まれてきます。
たとえ他者との関係に勝っても、自分のことしか考えないエリートは有害以外の何者でもありません。
こうした、他者を仲間だと意識することを、アドラーは「共同体感覚」と呼びました。
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【コメント】
他者を「敵」ではなく「仲間」と思う。
誰かの役に立ちたいと思う。
とても素敵な考えですね。
就職氷河期世代は若い頃、「競争」の中で生きてきました。
それなのに、ろくなことが無い世代です。
そういう時代に生きてきた私ですが、競争に意識を向けている人に対し疑問を持っていました。
そして、そういう人とは関わらないようにしてきました。
それは正解だったように思います。
競争のための学びから、人の役に立ちたいという学びに変わると、自分の中で大きな変化があらわれるように思います。
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