2015年09月11日

錦繍(きんしゅう・著:宮本 輝)を読んだ感想〜別れた男女の手紙のやりとりを読んで、人生とは全て「揺れ動き」だと思いました

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●錦繍 (新潮文庫) _ 宮本 輝 _ 本-通販 _ Amazon.co.jp
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「前略 蔵王のダリア園から、ドッコ沼へ登るゴンドラ・リフトの中で、まさかあなたと再会するなんて、本当に想像すら出来ないことでした」 運命的な事件ゆえ愛し合いながらも離婚した二人が、紅葉に染まる蔵王で十年の歳月を隔て再会した。 そして、女は男に宛てて一通の手紙を書き綴る―。 往復書簡が、それぞれの孤独を生きてきた男女の過去を埋め織りなす、愛と再生のロマン。

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若いときに別れた男女が、長い年月を経て再会したとき、どのような感情が巻き起こるのでしょう。


この小説は、ある事件をきっかけに離婚した男女が主人公です。
10年後、偶然に再会したことをきっかけに、手紙のやりとりを行うようになります。


再会したのは、ほんのわずかな時間。
その後は、10通以上の手紙のやりとりだけが続きます。


本文は、交互に送った手紙の文章で綴られています。
ですから、ト書きも、第三者視点の描写もありません。
すべて、書いた主人公の感情で表現しています。


感情を中心に据え置いているからこそ、過去、現在の心境、そして未来への希望の移り変わりがよく理解できます。


手紙なので、相手を思いやる丁寧な文章で表現されており、読んでいて心地が良いものです。
日本語ならではのやさしさ、ぬくもりが伝わってきます。
文芸作品にありがちな、過剰な性描写が無いのも良いですね。



1982年に発表され、250万部以上発行された作品です。
もう30年以上前の作品なのですね。


昔、自宅にハードカバーの同作があったのですが、読む前に消えてしまいました。
今回、kindleという電子書籍端末で、はじめて読みました。


若い時ではなく、年齢を重ねてから読んで良かったと思います。
今だからこそ、この男女が決断した未来に共感できたのかなあと思うのです。


交わることのない未来への決断。
しかしそれは、より強く生きていくための決断です。


読んでしばらくしてから、あたたかい涙とやさしい切なさが内側からこみ上げてきました。
読後感というものをこうもじんわりと感じたのは久しぶりでした。



金持ちの女性主人公は再婚しており、障がいを持った子供がいます。
夫婦の仲は冷めています。


男性主人公は次々と仕事に失敗し、借金取りから逃げています。
スーパーのレジ打ちをしている女性の部屋に転がりこんで、喰わせてもらっています。


共に良い状況ではありませんね。
そんな中、手紙を交わすことで、過去と現在の考えを整理し、相手には隠していた心境を少しずつ伝えていきます。


そんな行為を交わす中で、自分の進むべき道を模索し、前へ進んでいくのです。


最悪の状況からスタートし、這いあがる姿は読んでいてすがすがしいものです。
特に、劇中に登場する女性陣は素敵で強いです。
半面、男性主人公の情けないこと情けないこと。
読者の男性陣はほとんど、この主人公と自分を重ねてしまうような気がします。


結局、この男性主人公が見出した明るい未来を作るきっかけも、同棲している女性の包容力のおかげですからね。


なんだか、自分の人生が書かれているようで、非常に気まずい思いをしてしまいます。
それだけ女性の決断力は素晴らしいということです。



この小説では、常に「対」になるものが登場します。
男と女、生と死、幸せと不幸せなど。


「対」にはなっているけれど、それらは共存しています。


セリフとしても、「生きる事と死ぬ事は同じ事かもしれない」などと書かれています。
同じ価値であり、共存しているのです。


登場人物たちは、対になっているものの間で揺れ動いています。
生と死の間すらもです。


私は、人生とは全て、揺れ動きだと思うのです。
どちらか一方の選択したものだけで生きるのではなく、その時の状況・心境によって、反対の選択肢へも揺れ動くのです。


揺れ動ける余地があるからこそ、他人の別の考えにも同意できたり、愛しあうこともできるのです。


若い時は、その揺れ動きに気づきません。
どちらか一方向でしか、物事を考えられないからです。


年齢を重ねた今。
その揺れ動きに気づき見渡すと、なんとまあ世の中というのは、どんな人間をも受け入れてくれる「大きな器」なんだろうと思います。


水の入った大きなバケツを揺すっても、多少のことでは水がこぼれ落ちない状態です。


自分自身もまた大きな器となり、愛すべき人を受け入れられるようになりたいものです。

Posted by kanzaki at 2015年09月11日 21:51