2023年08月27日

映画『春に散る』 の感想〜かつてここまでリアルにボクシングを描いた作品はあっただろうか

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●映画『春に散る』 公式サイト - GAGA
https://gaga.ne.jp/harunichiru/


監督:瀬々敬久
原作:沢木耕太郎
出演:佐藤浩市、横浜流星、窪田正孝、片岡鶴太郎、橋本環奈


【あらすじ】

沢木耕太郎の同名小説を佐藤浩市と横浜流星のダブル主演で映画化し、ボクシングに命をかける男たちの生き様を描いた人間ドラマ。


不公平な判定で負けたことをきっかけに渡米し40年ぶりに帰国した元ボクサーの広岡仁一と、同じく不公平な判定負けで心が折れていたボクサーの黒木翔吾。
飲み屋で出会って路上で拳を交わしあい、仁一に人生初のダウンを奪われた翔吾は、彼にボクシングを教えてほしいと懇願する。
最初は断る仁一だったが、かつてのボクシング仲間である次郎と佐瀬に背中を押されて引き受けることに。
仁一は自信満々な翔吾に激しいトレーニングを課し、ボクシングを一から叩き込んでいく。
やがて世界チャンピオン・中西との世界戦が決まる。

2023年製作/133分


映画『春に散る』本予告 8.25公開

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【感想】

近年の邦画の中でも、かなり優秀な作品です。
作風も内容もしっかりしており、大人の鑑賞に耐えられる王道な作品。
50代以上の観客が多かったです。
この監督の『糸』『護られなかった者たちへ』『とんび』を觀ましたが、本当に安心して作品を鑑賞出来ますよ。


ボクシング映画で、ここまでボクシングという競技をリアルな映像で描いた作品ってあっただろうか。
それぐらい、劇中の戦いが良かったです。
おかげで、133分という長さをまったく感じさせません。


パンチの音が花火の爆発音のように響き、映像もそれに相応しい重いパンチが高速で繰り出される。
選手達の体格といい、動きといい、本物の選手にしか見えません。


世界チャンピオン戦12ラウンド目の戦いは、横浜流星さん、窪田正孝さんの完全アドリブでの戦いです。
これ、本当にすごいですよ。
最後の試合は4日間で撮影し、1ラウンド目から順番に撮影。
だから終盤になると、肉体の限界を超えた戦いを本当にやっているのですよ。
アドリブの戦いというと、「シン・仮面ライダー」の終盤の戦いもそうだったのですが、あの謎な泥プロレスファイトと違い、本作は違和感が全くありません。


横浜流星さんは、劇中の最初の方の戦い方と、佐藤浩市さん演じる元ボクサーに指導を受けた後の戦い方が異なります。
感情で戦う動きから、考えて戦う動きへ成長。
戦い方の変化を己の肉体で表現出来るのは凄いですね。
表情も、最初のチンピラ崩れのダメ人間な表情から、やがて立派な成長した表情へ変わっていきます。
この俳優さんが起用されたからこそ成立しているのだと思います。


この監督さん、ベテラン俳優と若手俳優を組み合わせた作品撮りが本当にうまい。
中身は真面目でありつつ、ちゃんとエンタメ作品としての要素を組み入れているので、まさにヒット作請負人ですよ。
この作品、必ず来年の日本アカデミー賞にノミネートされるでしょう。


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お話しは、老いた元ボクサーが、青年にボクシングを教え、その青年がやがて世界チャンピオンと戦うというシンプルなお話しです。
洋の東西を問わずにある王道。
佐藤浩市さん演じる元ボクサーは病気で寿命はそんなに長くない。
青年はボクシングの試合で目を痛め、下手すると失明の危険がある。
そういうハンデがあるのも、ボクシング作品では王道です。
王道で安定感あるお話しだからこそ、戦いのシーン、特に世界チャンピオンとの戦いを徹底的に細かくリアルに描けたように思います。


横浜流星さん演じる青年は、佐藤浩市さん演じる元ボクサーと出会い、生き方そのものが変化していきます。
父親のいないその青年は、老いた元ボクサーに、どこかしら父親の姿を重ねていたのかもしれません。
本作は、疑似親子的な部分は、残念ながらあまり描かれていません。
どちらも、なかなか考えを曲げない性格だからです。


そんな2人のクッションになっているのが、片岡鶴太郎さん演じる元ボクサーと、橋本環奈さん(佐藤浩市さん演じる元ボクサーの兄の娘)です。
この2人がうまく脇を固めてくれたのは本当に良かった。
良い作品には、こういう人達の活躍が必要ですよね。


世界チャンピオン戦では、窪田正孝さんの戦いも良かった。
本当に、リングの上にプロのボクサーが2人いて戦っているようにしか見えませんでした。
窪田正孝さんの演じたボクサーは、残念ながらそこまでキャラを丁寧に描いていません。
普段はふわふわした感じでおちゃらけています。
その心の奥底にある本当の考えとか、そういうものも描いて欲しかったなあ。


タイトルに「春」とありますが、そこまで春におもきを置いていません。
そこがちょっと惜しいです。
「春」というのは出会いと別れの季節。
そういう心情の季節が、「舞台」として必要なシチュエーションは劇中にはありません。
せいぜい、佐藤浩市さん演じる元ボクサーのラストシーンぐらい。
(あのシーンはもうちょっと芸術的に描くか、少しぼやかした感じでも良かったのでは)


佐藤浩市さんは62歳。
いつの間にか老け役が似合う役者さんになったのですね。
2020年末、激ヤセしたことが話題になりました。
腸ポリープの手術と、寄生虫のアニサキスにあたったことで食事ができなかったためと説明していました。
同時期に役作りのための減量だったことも説明。
“現役時代とほとんど変わらない元ボクサー”を演じるため、体重を64キロにまで落とした結果だと重病説を否定。
ひょっとして、その元ボクサーというのは本作品のことなのかな?
そうすると、結構前に本作品は撮影したのかもしれませんね。


この映画、泣きはしません。
戦いが凄すぎて、そして戦いきったから、泣くより納得感があるからです。
是非、大画面で「男の戦い」を堪能していただければと思います。

Posted by kanzaki at 2023年08月27日 19:16