2007年04月03日

宮崎駿監督 in プロフェッショナル【5】

●前回の記事:宮崎駿監督 in プロフェッショナル【4】
http://kanzaki.sub.jp/archives/001367.html

今回の部分は、新作映画「崖の上のポニョ」のイメージを決定付ける重要な絵の製作風景です。

では、どうぞ。


********************


テロップ:
ポニョ、来る

6月7日
庭の緑色が、太陽に照らされて眩しい。
宮崎監督、アトリエの1階にあるキッチンにいる。
暗い室内を照明をつけることにより明るくする。
キッチンの窓から外の道路を見る。

宮崎駿監督:
また、明るくなったねえ。

道路には、犬を連れて散歩中の老人がいる。
道を挟んで奥の森林も、緑が綺麗だ。

宮崎駿監督:
綺麗なんですよ、世界は相変わらず。

ナレーション:
宮崎はこの日、ある重要な場面に向おうとしていた。

宮崎監督、2階の作業部屋にいる。
机に向って座り、白髪を大きく掻いている。

ナレーション:
映画の核となる大津波の場面のイメージボードである。

宮崎監督、白い紙に鉛筆を走らせる。
小さく鼻歌交じり(ワルキューレだと思われる)。

宮崎駿監督:
こんな絵、描いちゃって大丈夫なのかねえ(笑)。

ナレーション:
それは、ポニョが巨大な魚に乗っている奇妙な絵だった。

イメージボードの下半分は、巨大な魚の群れで溢れかえっている。
その一匹の上にポニョが立っている。

ナレーション:
大津波をリアルに描くのではなく、巨大な魚の群れで表現しようというのだ。

宮崎監督、相変わらず鼻歌が続いている。
濃い紫色の水彩絵の具を筆に絡ませ、イメージボードに彩色していく。
全体的に黒や群青色の暗い色使い(嵐をイメージさせる)。

ナレーション:
これが、ポニョと宗介が再会する、映画のハイライトシーンになると云う。

宮崎監督、魚の上に立つポニョの肌に色をのせる。

宮崎駿監督:
男のもとに駆けつける恐ろしいポニョを・・・(笑いがこみ上げて、カメラに視線を向ける。ディレクターも笑う)。
大丈夫かなあ、これ。
凄い絵だね。

ティレクター:
宮崎さん、そんな発想は、どこから生まれてきたんですか?

宮崎駿監督:
ワルキューレを聞いていたからでしょう(笑)。

宮崎監督、机の引き出しから文房具を取り出す。
何十色ものパステルが入った商品だ。

ナレーション:
宮崎が取り出したのは、古いパステル。
これまで使ったことのない画材だ。

宮崎駿監督:
さて、何を使おうか。
ドキドキするな(一本のパステルを手にする)。
1回も使わなかったものを・・・。

青色系統のパステルを目の前のイメージボードに小刻みに擦り付け、その後に指で軽くそのパステルの粉を広げる。

宮崎駿監督:
こういう臆病な色を使っているうちは駄目だね。

そう云うや、今のパステルを元に戻す。
そして、別の色に手を出す。
それを背景に擦り付けて指で広げる。
それまで暗い色合いばかりだったが、アクセントとして朱色系、茶系統の色ものせていく。

ナレーション:
目指すのは、素朴なアニメーション。

暗い色の水彩画で塗っていた魚にも、青色系統のパステルを塗りこんでいく。

宮崎駿監督:
あっ、違うものになったね。

ディレクター:
うん、なんか面白い。

宮崎駿監督:
(そのイメージボードを持ち上げて、ワルキューレの鼻歌交じり)
ああ、恐ろしい。
変な絵だね。
(タバコを口にくわえ、今度は鉛筆を手にする)
鉛筆でやる。

ナレーション:
鉛筆で絵を縁取り、単純な線(魚の絵)を強調していく。

宮崎駿監督:
これ、絵を単純化しなきゃいけないから。
ここに影塗って、ハイライトつけたりとかさ、全部塗り分けてとかやっていけばいいけど、それ、やりたくないんだよね。
それ、嫌いじゃないんだけれど、この映画は違うんだって・・・。

ナレーション:
影やハイライトを付けない素朴な絵。
ともすれば、単調になる。
これまで、絵の精度を極めてきた宮崎にとっては、危険な賭けだ。

宮崎監督、椅子から立ち上がり、机にのっているイメージボードを見つめる。

宮崎駿監督:
ああ、怖い(すぐにその言葉に多い被せるように)怖くない、かわいい。
(イメージボードを手に取り、室内を移動)
ミスマッチを成り立たせたいんだけれど、このいい場所に貼ってやろう。

部屋の入り口の左側に沢山のイメージボードが貼ってあるが、右側には無い。
そこに、その手にしているイメージボードを貼り付ける。

ナレーション:
賭けであることを承知の上で、宮崎は素朴さに挑む。
この絵を「ポニョ、来(く)る」と名づけた。

吉田美術監督、階段をのぼってやってくる。

ナレーション:
スタッフは、どう反応するのか。

宮崎監督、机の前に座り、タバコをくわえたまま、壁に貼ってある「ポニョ、来る」のイメージボードを指差す。

宮崎駿監督:
こっち側、こっち側。

吉田美術監督:
(立ったまま、絵を見つめて)来ましたねえ・・・来ましたね。

そう云って、顎ヒゲをさすりながら見上げてみつめる。
しばらくして、急に笑いだす。
宮崎監督も笑う。

宮崎駿監督:
どうやって描いていいか、分かんないでしょ。

吉田美術監督:
(振り返って腕を組み)分かんないですねえ(笑)。

宮崎監督も立ち上がって腕を組んで、イメージボードの処へ足を進める。
そして、吉田美術監督に説明をしはじめる(声はオフレコ)。

ナレーション:
素朴な絵で、単調にならないアニメーションを作るのは、容易ではない。
これまでにないやり方で、絵を動かす工夫が求められる。
新しい挑戦が、この一枚に詰まっている。

宮崎監督、椅子に座ってカメラに向って話す。
手にはやはり、火の付いたタバコ。

宮崎駿監督:
この映画の本質は、あの一枚なんですよ。
こういう、いっぱいの絵(壁のイメージボード)を描いているけれど、こうじゃないんですよ。
これ、現象なんですよ。
本質は、あそこ(「ポニョ、来る」のイメージボード)にあるんですよ。
だから、やっと本質の絵が描けたんですよ。

ディレクター:
ああ〜。

宮崎監督、大きく笑顔。

宮崎駿監督:
それは風呂敷に簡単に収まらない絵なんですよ。
これが映画の最初の1枚なんです。

宮崎監督、作業に没頭している姿。
どうやら、劇中でタイトル「崖の上のポニョ」と云うテロップを表示している場面のようだ。

ナレーション:
宮崎は、吹っ切れたように、絵筆を走らせ始めた。
素朴で温かみのある絵。

ひと段落してタバコを吸う。

宮崎駿監督:
(描いた絵を見て)なんか変な絵だね(笑)。
(両腕を溺れてもがくように動かす)あ〜あって云う。

ナレーション:
イメーシボード作りは、山を越えようとしていた。


********************


今回はここまで。

ついに、この映画の核となる部分が出来上がったようです。
この一枚のイメージボードが、この映画の方向性を決定づけるわけです。

それにしても、この絵が、劇中でどのような意味を持つのか?
宗介の前に再び現れるシーンだそうで、どことなくポニョが、凶暴化しているように感じ取れます。
何か宗介にピンチが訪れ、それを助けに来たのか?
それとも逆に、この凶暴化が宗介のピンチになるのか?
来年の夏が待ちきれませんよ。

宮崎監督は一つ、壁を乗り越えたようです。
しかし、壁はまだ目の前に、何枚も現れてきます。

宮崎監督の心から、じょじょに穏やかさが消えようとしています。
それは何故か?
それは次回をお楽しみに。

●次回の記事:宮崎駿監督 in プロフェッショナル【6】
http://kanzaki.sub.jp/archives/001371.html

Posted by kanzaki at 2007年04月03日 22:48