2013年02月09日

「ローカリスト」とは、自分の住む地域を愛し、地域に貢献する人のこと(「6枚の壁新聞」の石巻日日新聞社報道部員たち)/世界の水問題〜日本にも仮想水(バーチャルウォーター)」という課題があります

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私のiPhone5が壊れました。
修理に出している間、電話や携帯メールができません。
連絡は、TwitterかPCメールへお願いします。
今日、ヤマト運輸が集荷に来たので、壊れたiPhoneを渡し、アップルへ送りました。


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【ローカリストとは?】

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(「壁新聞」を手にする石巻日日新聞社の報道部員たち)


「ローカリスト」とは、自分の住む地域を愛し、地域に貢献する人のことです。


「明けない夜はない。私はジャーナリストではなく、ローカリストだ」


これは、石巻日日新聞(いしのまきひびしんぶん)の近江弘一社長と記者達の言葉です。


東日本大震災により、停電と津波で社屋が浸水しました。
新聞を印刷する輪転機も水没。
幸い、一部水没を免れた輪転機から、新聞ロール紙を引きずり出しました。
懐中電灯で照らしながら「号外壁新聞」をマジックペンで書きました。
3/12〜17日の6日間、市内の避難所6箇所に張り、ライフラインの復旧状況や避難所での生活関連情報を伝えました。


これがワシントン・ポストが報じ世界規模で共感の輪が広がった「6枚の壁新聞」です。
「地域(ローカル)」への思いが、「世界(グローバル)」へ広がったのです。


壁新聞は、ワシントンの報道博物館にも展示され、国際新聞編集者協会から「特別褒賞」が授与されました。


自分達が住む地域の人達と共に生き、歩む姿勢。
その姿勢が世界へ繋がったのです。


●石巻日日新聞 Hibi-net
http://www.hibishinbun.com/

●戦時中の伝説が生んだ壁新聞
「石巻日日新聞」常務取締役 武内宏之さんに聞く | Spork

http://spork.jp/?p=4065



【世界の水問題】

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(新潟市中心部)


私の住む新潟県新潟市。
「水の都」の一つとして知られています。
日本で一番長い川である信濃川、下流部の河川水流量が日本最大級の阿賀野川があります。
中心部にあたる信濃川河口部には、古くから港が開かれ、幕末の日米修好通商条約開港五港の1つとなりました。
現在でも水陸の交通の要衝です。


「地域(ローカル)」から「世界(グローバル)」へ。
ならば、水の都に住んでいるのですから、世界の水問題を考えてみましょう。


日本人は、水と空気はタダだと思っています。
そりゃ、水道代は払っているけれど諸外国より安いし、川の水、湧き水でも飲めるところが多いです。
それ故、水問題に関心が薄いです。


3月22日は「世界水の日」です。
現在、世界人口の89%が、改善された水源を利用しています。
逆に言えば、まだ世界人口の11%、約8億人が、安全な水を使うことが出来ていないのです。


水問題は、途上国の大きな問題です。
毎日、3000人以上の子供たちが、下痢性疾患で亡くなっています。


遠くまで水を汲みに行くのは、女性や子供の仕事です。
一日に何度も水源との間を往復しています。
その為、仕事や学業の時間が削られてしまいます。
結果、貧困から抜け出せないという悪循環なのです。
このように、水問題は人生そのものに大きな影響を与えているのです。


現在、それを解決する取り組みが進められています。
地面を転がせるローラー型容器を導入し、今までの4倍以上の水を運べるように取り組んでいます。
このおかげで、多くの集落の教育レベルが向上し、識字率も上昇しました。
女性の起業家も誕生したそうです。


水問題は、途上国だけの問題ではありません。
日本にもあります。


「仮想水(バーチャルウォーター)」という考えがあります。
生活様式を維持するため、どれだけの水を必要とするかというものです。
日本は、国内で使用している水と同じ量の仮想水を輸入しています。
なぜなら、日本は多くの食料品を海外から輸入しているからです。


食料品を輸入することによって、その生産に必要な分だけ自国の水を使わないで済んでいるのです。
言い換えれば、食料の輸入は、形を変えて水を輸入していることと考えることができます。


けれど、このような問題に関心を示し、日常に取り込めているかというと、それは出来ていません。
残念ながら、そういう広角な視野の報道もされません。


●仮想水 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%AE%E6%83%B3%E6%B0%B4


※※※


各地で「町おこし」が取り組まれています。
多くの場合、「対他県」「対東京」という感じ。
国内の中でせめぎ合う、戦国時代と変わりません。
「対世界」ではないのです。
仮に世界へ向けなくても、世界が目を向けてくれるようなプランには思えません。


昔の人は、国内で陣取りという狭い視野ではダメだと自覚し、世界に目を向けました。
21世紀になったのに、町おこしに関しては、戦国時代となんら変わりません。


そろそろ、町おこし、町の魅力づくりに対し、グローバルに語れるローカリストの誕生を願いたいところです。

Posted by kanzaki at 2013年02月09日 23:39