2021年09月15日

「他人の顔色」が基準の生き方って辛いものです

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●『行動してみることで人生は開ける まず、できることから、やってみる PHP文庫』(加藤 諦三 著)より


爐△鵑燭海鵑覆海箸發任ないの?瓩箸いΣ慎い覆じ斥佞ふと他人からもれただけで、今までの明るい感情はふっとんでしまって重苦しい感情が全身をひたす。


また爛悒А次△△鵑燭辰動導梓鑞僂覆里有瓩箸いΩ斥佞如急に浮き浮きしてきて気持ちが落ち着かなくなったりする。


このように、他者の動きによって自分の感情のバランスはすぐに崩れる。
他者の一挙一動が自分の感情を混乱させる。


自立している人は他人の言動に無頓着でいられる。
無頓着でいられるためには、他人と自分との間に一定の距離がなければならない。


一定の距離があるということは自分の立場がなければならない。
自分の立場がきっちりとしている者のみが他人の行動に対して無頓着でいられる。


自分の存在の実感が確実な者は、他人の行動をそのままにしておくことができる。
何かケチをつけないといられない、などということがない。

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自分に適したこと、自分にふさわしいことをやろうとするのではなく、他人を基準にしてものごとを考え人は、何をやっていてもそこに集中しリラックスすることが難しい。
何をやっても確信がないのである。


確信というのは、自分は自分の能力を向上させるために何かすることができるという気持ちである。
そして自分が失敗してもいいわけをすることがない。
しかし他人の言動で混乱する人は、他人の成功に傷つき、自分の失敗にいいわけをする。


※※※


「他人の顔色」が基準の生き方って辛いものですよね。
それを気にしないで生きられる人って、今の世の中でどれほどいるのでしょうか。


最近の私は、他人と自分との間の距離を気にしています。
少し他人と距離を置いてみました。


実践した理由は、今まで、他人の顔色を気にして生きてきたからです。
そういう人間には、その人間を利用しようとする人が近づいてきます。
それを防ぐための自衛策です。


一定期間、そうやって過ごしていたら、自分の置かれた場所、信頼すべき人、近づいてはいけない人がおぼろげながらに分かりました。


他人の行動を意識して生活するのは疲れます。
脳がへとへとです。
若い頃ならまだ良いのですが、今はもう無理です。


自分が楽に生きられる方法というものを考えるのは良いことだと思います。

Posted by kanzaki at 2021年09月15日 06:48