2021年10月03日

映画『空白』の感想〜それぞれの「(独りよがりの)正義の暴走」の平行線を描いた秀作

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古田新太さん、松坂桃李さん出演映画「空白」を観てきました。

●映画『空白』公式サイト
https://kuhaku-movie.com/


(あらすじ)
女子中学生の添田花音はスーパーで万引しようとしたところを店長の青柳直人に見つかり、追いかけられた末に車に轢かれて死んでしまう。
娘に無関心だった花音の父・充は、せめて彼女の無実を証明しようと、事故に関わった人々を厳しく追及するうちに恐ろしいモンスターと化し、事態は思わぬ方向へと展開していく・・・。

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【日本アカデミー賞を総なめにしてしまうかも】

公開最初の日曜日、朝9時台の上映回を観ました。


観客は3名。
私以外は一番後ろで鑑賞していました。
おかげで、ホームシアター状態で鑑賞です。


救いようのない展開だったのに、ラストがうまい具合に、優しく穏やかな時間へ流れるのが秀逸です。
本当、自然に変化していきました。
多分、この映画の高評価は、そこにあると思います。


基本、敵対する登場人物の関係・相互理解が、最後まで「平行線」です。
相手を全く理解できない。
歩み寄ろうともしない。
そこが今の日本らしくてリアルです。
平行線だから、普通は人間ドラマを作りにくいはずです。
その感情の平行線をきちんと物語として組み立てられたこの作品は凄いですよ。


確か昔、本作品に似たような交通事件がありましたよね。
だから、リアルな映像・事実だけを観たいだけならドキュメンタリーやニュースがあります。
しかし、映画作品というフィクション作品は、作り手の思いを描けるように脚本・演出・編集が可能です。


フィクション作品だからこそ、バッドエンドで終わらせない、作り手の優しさが感じられました。
予告だけ観たら、私のような精神的に弱い人間には、パワハラ体質な父親(古田新太さん)の言動を観ているだけで辛いです。
しかし、ちゃんと最後にはうまいところに着地させており、気持ちよく鑑賞を終えることが出来ました。


海外作品だったら、娘を殺された父親が復讐の鬼となり、あれやこれやで命を狙ってくるスプラッターアクションホラー映画になってもおかしくない内容です。
多分、今のこの日本の現状を土壌とした邦画だからこそできた話しの展開だったと思います。


これは、日本アカデミー賞の最優秀作品賞、監督賞、主演男優賞、脚本賞、助演男優賞を総なめにしてしまうかもしれません。


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【松坂桃李さんの演技の幅に感心】


娘が死んでモンスター化した父親を古田新太さんが演じます。
スーパーの店長を松坂桃李さんが演じます。
モラハラ環境にいる私のような精神不安定な人間には、追い詰められていく松坂桃李さんと自分が重なり、心臓の音が大きくなってきてヤバイです。


松坂桃李さんはこの映画の中で、完全に主役オーラを消しています。
古田新太さん演じる、死んだ娘の父親のサンドバッグと化しています。
精神的に追い詰められ、心身ともに惨めに弱体化していく姿を演じるのは、きっと本当に難しいと思います。
それを見事やってのけました。


たくさんの主演をしており、優等生役から、「孤狼の血」のような本作とは真逆なキャラ、「あの頃。」のようなアイドルファンまで、気づけば演じたキャラに幅がありますね。
もちろん、私にとっては「侍戦隊シンケンジャー」の殿の姿が、今でも強く記憶に残っています。
「仮面ライダー電王」の佐藤健さん、「仮面ライダーダブル」の菅田将暉さんもそうですが、後に俳優として広く認識される人達って、最初から演技に他とは違う光と闇があって凄かったです。


今回、松坂桃李さんが演じた店長は、元々そこまで品性高潔じゃないところがいい。
だから観ている方も途中まで、
「この店長、この事件について誰にも言えない事実(自分にとって不利益な事実)を隠しているんじゃないか」
と疑ってしまいます。
その隠し事がタイトルの「空白」なんじゃないかと思ったりしていました。
この絶妙な引っ張り具合が、とてもウマい脚本・演出です。


最後まで、言ってみれば「惨め(みじめ)」なキャラです。
けれど、最後に救いがあるのです。
フィクション作品だからこそ、その救いの演出に安らぎを感じました。


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【古田新太さん、寺島しのぶさんの演技があって成立する作品】


今回の作品、古田新太さんは、めちゃくちゃパワハラ体質な役柄です。
こんな人物が、仕事上の顧客だったら、もうどしたらいいか分かりませんよ。


自分勝手な判断で突き進み、誰の助言も聞かない。
松坂桃李さんが、サンドバッグと化した役を演じたので、思う存分画面内で暴れまわっていました。


しかし、交通事故で娘が死んでしまう前から、もともとめちゃくちゃな暴れキャラ。
じょじょにモンスター化するわけじゃないから、怖さは予想より薄かったかなと。


最後の展開で、心と行動に変化があらわれます。
正直、「これは、ずるい・・・。これで、今までの暴れっぷりはチャラかよ」とは思います。
しかし、「あれ」を見せられると許せてしまうんだよね・・・。


彼の下で働く若者を藤原季節さんが演じているのですが、 これがいい。
チャラく、下手したら半グレになってもおかしくないキャラです。
しかし、古田新太さん演じる漁師を見捨てない彼の存在があったからこそ、最後の方まで見続けることが出来ました。
 田畑智子さん演じる別れた妻も見捨てないでいました。
その2人に対する古田新太さん演じる男の態度は、終始酷いもんなんですけれどね。
辛い作品の中で、こういう見捨てないキャラはありがたいです。


この作品、古田新太さん演じる父親の暴れっぷりが注目されています。
実は、寺島しのぶさんが演じる、スーパーの店員も同じぐらい画面で暴れていました。


常に、松坂桃李さん演じる男の味方です。
この若い店長を年甲斐もなく好きだからこそ、徹底的に味方となり、古田新太さん演じる男と対立します。


しかし、その行動は「(独りよがりの)正義の暴走」です。
ある意味、本当に困った存在です。
他の登場人物も困惑していました。
この暴走っぷり、現実にありそうです。
良かれと思って行動しているがゆえに、誰も文句が言いにくい。
こういうキャラもまた、現代の日本ならではのように思います。


松坂桃李さんは、古田新太さん、寺島しのぶさんに完全に振り回される作品。
観て損はないと思います。


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【伊藤蒼さんという若手俳優に注目】

死んだ娘を伊東蒼さんが演じています。
グロシーンはビビりました。
誰にも存在感を認められていない、自分の中にある「善」「悪」を表現できない中学生を演じています。
俳優ですから表現するのが仕事。
その表現を封じ込まれて演技するのは、なかなか難しいはずです。
それを見事に演じていました。
他の作品では、笑顔を観てみたいです。


今週の朝ドラ「おかえりモネ」に、学生服姿で出演しますよ。
この子、将来の朝ドラヒロインになるかもしれません。


Posted by kanzaki at 2021年10月03日 10:49