●心が強い人はみな、「支える言葉」をもっている(著:齋藤 孝)より
井伏鱒二の「『サヨナラ』ダケガ人生ダ」は、そんな別れの祝祭的側面を感じさせてくれる言葉です。
もともとは唐代の詩人、 于武 陵 による「勧酒」という五言絶句を井伏鱒二が訳したものです。
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勧酒 于武陵 勧君金屈巵 満酌不須辞 花発多風雨 人生足別離
コノサカヅキヲ受ケテクレ ドウゾナミナミツガシテオクレ ハナニアラシノタトヘモアルゾ 「サヨナラ」ダケガ人生ダ
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友人との別れに際し、最後の酒を 酌み交わしている情景が思い浮かびますね。
「さあ、遠慮するな。最後なんだから飲んでくれ」と。
後半の「花発多風雨 人生足別離」は、一般的に「花が咲けば雨が降ったり風が吹いたりするように 人生には別れがつきものだ」といったような意味にとれます。
それを「花に嵐のたとえもあるぞ/『さよなら』だけが人生だ」とした井伏鱒二の訳は、まさに名訳です。
この言葉でなければ、これほどまでにインパクトを与えなかったでしょう。
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「さよなら」の語源は、「左様なら」です。「左様なら(=そういうことなら)、これにてご免」といった言い方から、「左様なら」の部分が別れの挨拶になったのです。
「さよなら」という言葉自体、別れの状況を受け入れる潔さや覚悟のようなものが感じられます。
人は、別れを経験するたびに強くなっていくものだと思います。
卒業がひとつのステップであるように、区切りをつけることで次の段階へ行けるのです。
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人との別れだけではありません。
自分の夢と決別することだってあるかもしれません。
人生に別れはつきもの。
別れを祝祭にする「『サヨナラ』ダケガ人生ダ」は、この先も私たちの心を支えてくれるに違いありません。
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【コメント】
人生は長い一本道のような感じがします。
しかし途中には、Y字に分岐する箇所がいくつもあります。
(ありましたよね?)
片方へ進むということは、もう片方とは決別しているわけです。
どちらも選ぶという選択肢も、無いわけではありませんが、なかなか大変です。
どっちつかずより、片方と決別して、選んだ道を進むほうが潔い。
人生の後半になってくると、Y字の分岐点になるようなステージは曖昧です。
進学・就職は誰もが似たような年齢です。
しかし、結婚・出産・近親者との死別などは、人によって異なります。
仕事には定年がありますが、少子高齢化のせいか、70歳でも頑張って現役の方もいます。
働くというものも、人によって区切りがまちまち。
Y字の分岐は、人との別れとも言えます。
怖いのですが、そうやって離れ、そしてまた別の人との出会いという期待もあります。
恐れないで進んでいきたいものですね。
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