2004年01月02日

ありえない

こんばんは、神崎です。
新潟市は雪が降らないのはいいのですが、雨ばかり続いています。
外に出るのもままならない嫌な天気。
こんな日は、読書三昧でいこうかと思います。

最近、「ありえない」という言葉をよく耳にします。
それも昔とちょっと違った用法です。
議論していて、「それはありえないでしょ!」と相手の提示した意見を否定したり、
好きなスポーツチームが負けたことを聞いて、「嘘だぁ、ありえない」と事実否定したり、
面倒な仕事を依頼されて、「え〜、ありえない・・・」とぼやく。
キムタクのドリンク飲料のCMでも使われていたっけ。

それらは、「充分にありえる」現実の内容なのです。
現実に起こっていることなのだから、可能性の意味で使う「ありえない」という言葉を使用することに、ちょっと違和感を感じたりすることがあります。
特に年配の人ほど、そう思うと思います。
年配の人は、事実が存在するかどうかの事柄に限って、この言葉を使うのに対し、若い人は世の中の全てに対してこの言葉を活用します。

若い人が使う「ありえない」というのは、言ってみれば「現実逃避」です。
自分の思っている事・好きな事と違っていた場合に、「そんな事実があっても、私は受け入れません」と伝えているのです。
世の中を否定的に見た、身勝手な使い方ですね。
でも彼にらとって、その使い方は正しいのです。
しかし年配の人は、そういう使い方をする若い人達に戸惑いを覚え、「日本語になっていない!」と怒ります。

最近、料理を食べて「とても美味しい」と言う事を「これ、ヤバイ!」と言って褒める若い人もいます。
「全然、美味しい」「普通に美味しい」と言う使い方をする人もいますね。
これらはその料理に対して怒っているのではなく、むしろ賞賛しているのです。

言葉なんて、その人の生まれた時代、環境等で、幾らでも変化していくものだと思います。
年配の人と若い人との間で、言葉のギャップから発する対立が起こった時、否定するのは殆ど年配の人達です。
でも、その言葉の意味するところをちゃんと理解すれば、そうしたギャップ、衝突も減るのではないでしょうか。

Posted by kanzaki at 2004年01月02日 23:23
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