2003年10月02日

街・子供・犯罪

フェイスエステをしてきて、とてもすっきりの神崎です。
スチームを当てているうちに、すっかり深い眠りに入ってしまいました。
ちょっと前に昼寝をしたばかりなのに、それでも眠ってしまうということは、よほど気持ちが良かったのでしょうね。
目を開けた時の気分の良さは、天気の良い日曜の朝の目覚めに似ています。
これは男女問わずにお勧めです。


そんな気持ち良く感じている神崎とは裏腹に、世間はどうも物騒になっているようですね。

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少女が1カ月ぶりに登校 新潟の連れ去り事件

新潟県村上市で9月2日夕、中学3年の少女(15)が下校途中に連れ去られ、同県金井町(佐渡)で保護された事件で、被害に遭った少女が1日、事件から約1カ月ぶりに登校し、友人らに元気な姿を見せた。

村上市役所で記者会見した担任教諭らによると、少女は登校後、県から派遣された臨床心理士によるカウンセリングを母親と受け、授業には2時間目から出席した。

教室ではクラスメートから拍手で迎えられ、照れた様子で「またよろしくお願いします」とあいさつ。授業中、笑い声を上げることもあった。

会見に同席した父親(37)によると、少女は9月27日に退院。日増しに元気になっているが、事件のことは口にしないという。少女の希望でしばらくの間は母親が車で学校に送り迎えする。

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通学の少女狙い、略取未遂続発 抵抗され逃走、南風原、宜野湾、浦添でも

三十日午前八時ごろ、南風原町本部の路上で、登校途中だった三人連れの小学六年の女子児童らに、乗用車に乗った男が「この辺にスーパーはありませんか」と窓越しに声を掛け、無理やり車内に連れ込もうとした。
女児たちが抵抗し、近くを別の車が通りかかるなどしたため、男はあきらめて逃走した。与那原署が未成年略取未遂事件とみて捜査している。

調べでは、男は年齢三十歳ぐらいで身長約一六〇センチ。車は白色のワンボックスカーで、後部のナンバープレートは見えないように折り曲げられていた。
丁寧な口調で声を掛けてきた男に対し、女児の一人が車に近づいて道を教えてあげようとしたところ、いきなり車から出てきた男に手をつかまれたという。

一方、九月十七日には、宜野湾市内や浦添市内の路上で午後六時ごろから同七時ごろにかけて、下校途中の女子高校生に、二十歳ぐらいの男が「話をしよう、何年生ね」などと声を掛け、路地に引きずり込もうとした事件が二件発生している。いずれも抵抗され、男は逃走したという。

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今朝の新聞によると、事件のあった新潟県村上市では、GPS端末を学生に持たせて、子供がどこにいるかを分かるようにしようと促進しているそうです。
犯人が成人男性、被害者が幼女という事件をよく新聞、テレビで見ます。
海外で見られるテロ事件等は、宗教とか政治とか、組織的で規模の大きいものです。
それ故、必ず起承転結の流れがあり、大きな流れを視聴者は感覚的に捉えることができます。
そしてそれは、ある意味「テレビの中で起きていることで、あくまで他人事。私は私の生活があるの」と思ったりもします。
けれど、最初に上げた幼女誘拐事件等は、お子さんをお持ちの家庭ならば、いつ何時、自分達の身に降りかかってくるかもしれない出来事です。
場所は自分の住む街、犯人も被害者もそこで住む人々。
犯人が「そうしたい」と思えば起きてしまう事件なのです。

こういう事件で一番辛いのは、被害者となったお子さんです。
それは何も、一時の身体的・肉体的苦痛だけではありません。
これがトラウマになって、将来の生き方に影響を及ぼしかねない事が重要です。
私なんかも、父親が酒を飲むと暴力を振るう人でしたので、小学生の時のいろいろ嫌な事が、自分の考え方・生き方に影響が無いとは言いきれません。

私は戦争が無くなる方法というのを考えたことがあります。
きっとそれは、「地球上の人達が戦争を知らない世代になること」だと思いました。
そもそも戦争という概念が無ければ、しようという気も起きません。
海外で拳銃の発砲による事件が起きますが、あれは拳銃を所持しているから起きる訳で、日本では普通、滅多に起きないことです。
「そこにあるから、使う・使わないの葛藤が起きる」のだと思います。
海外では、戦争を実際に体験していない世代の人達が、過去の他国の責任追及をしていたりします。
そういうのは、昔の世代の人達が教え込んだから、そう考えるのだと思います。
更に年月が進めば、そういうのも無くなっていくんじゃないかなあと思ったりします。
甘い考えでしょうか・・・。

戦争は、戦争という概念が無くなれば、その引き金を引くことも無いでしょうが、最初に掲げた事件等を撲滅する方法は、その逆だと思います。
犯人が「何も知らない」から事件が起きるのだと思います。
倫理観とか、世間の常識というのが欠如しているから発生するのではないでしょうか。
子供が喧嘩で相手を殺したり等、平気で相手を肉体的・精神的に痛めつけるのは、そういう心に大切なモノが無いから、リミッターが働かずに犯罪が起きるのでは。
「こういう事をしたら、こういう事になる」・・・そういう事を幼い時に教えられていないと、一連の事件が発生するのだと思います。

先週、「TEAM」というドラマがありました。
被害者を殺害した犯人は17歳。
この犯人は、幼い時に親等から虐待を受けていたのでした。
そしてその虐待をした親も、自分の親に虐待を受けていたという内容でした。
何かしら心に残っている幼い時の体験が、将来に影響を及ぼしている。

それじゃあ、そういう家庭環境に育ったからといって、全員が犯罪者になる訳じゃない。
逆に、立派に成人する人もいます。
きっと家庭以外のところで、正しい道へ進めるよう、誰かが手を差し伸べてくれたのではないでしょうか。
子供は家庭だけで育つのではありません。
近所・学校など、その子供達が素晴らしい考えを持てるように影響を受ける場所は幾つもあります。
かなり前から、「マンションの隣の人とは話した事もない」みたいな、ご近所同士でも全く接触の無い関係というのが普通になっています。
子供は、その親だけが面倒を見れば良いという訳ではないと思います。
いろんな人が、「他人だから」なんて言わず、その子達を大切に育てる環境を作らないといけないと思います。

行政による厳しい治安対策も大切です。
けれど他人任せにしてその効果を待つよりも前に、まずあなたが、その子達に微笑みかけてみてください。
私も実践します。

Posted by kanzaki at 2003年10月02日 22:37
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