2004年03月08日

世界で一番怖い文章

ある日、本社の事務所に一枚のFAXが届きました。
それは病院から届いたものでした。

その日の朝、私の勤める会社の支店の人間が、出勤途中に交通事故にあいました。
本人は軽自動車に乗り、ぶつかった相手は3ナンバーの大きなセダン。
事故当時、目撃者がいないので詳細は不明なのですが(それ故、大きな事故なのに当日の夕刊にさえ記事になっていない)、急に寒くなり、路面が凍結したのでスリップして正面衝突したのではないかと推測されます。

二人とも病院に担ぎ込まれて手術をしました。
そして10時間以上経過したその日の夜、本社にFAXが届いたのです。

そこには医者の直筆で、症状の説明が克明に描かれていました。
B4サイズのFAX用紙には、余白がなくなるぐらい、あらゆる言葉で埋め尽くされていました。
あなたが知っている、首から下の「骨の名前」を列記してみてください。
おそらくあなたが知っている骨の名前の倍以上の名前が、その用紙には書かれており、それらが全て骨折しているのです。
骨折というと、「折れる」という印象ですが、むしろ「磨り潰されている」という方が的確かもしれません。
何度やっても完成しないジグソーパズルのようなものとなっていました。
また、骨髄が流れ出し、それがバイ菌に触れてしまい、感染しております。
脳梗塞、心筋梗塞を併発する可能性があります。
肺も潰れ、無理やり膨らませている状況です。
医者の言葉で、「残念ながら後遺症は避けられない」とコメントがありました。

まだ彼は20代の若く、体格もしっかりした人でした。
本社に在籍していたこともあったので、知っています。
知っている人が今、その大きなFAX用紙を多い尽くすぐらい多くの症状で苦しめられているのです。
私を含め、会社にいた人間がその用紙を見つめ、何も言葉が出なくなりました。
「絶句」という言葉がありますが、それはこういう時に使われる言葉なのでしょう。
私は頭を抑え、ただ、目を瞑って閉口するばかりです。

私は今までで一番怖い文章を読まされたように思いました。
それは、ただ事実を淡々と書かれたもの。
しかし、その感情の入っていない文章は、私達の感情、人格を荒波のようにかき消す力を持っていました。

こうやって日々、文章を書いていますが、「事実には勝てない」と思いました。
創作された小説、これさえも、何かしらの事実が元にならなければ、ただの文章の羅列。
名作とはなりえない。
そこには、事実に触れた際の感情が無いから。

映画「イノセンス」が公開されました。
監督 押井 守は、この作品を創るにあたり、スタッフと一緒に海外を渡る等して、人形を巡る旅に出かけました。
今回の映画では、人形がキーワードになっているからです。
どうして旅をしたか、それを監督は自らの口で語っています。


アニメーションは観察からしか始まらない。
何をやるにしても。
できるだけ事実に触れることが、どんな場合でも大事。
頭で描いた絵は、しょせん頭で描いた絵でしかない。
お客さんの見たレベルで、実感のレベルでどう見えるのか、それを大事にすべきだ。
それをスタッフに体験してほしかった。
なんでこんなに人間そっくりなんだろう。
実感するところからしか、人形に向かう意識が生まれてきようがない。


全てが事実ありきなのです。
これでやっと分かったような気がしてきました。
過去に、偉い地位にある人が書いた文章を読んだけれど、感動もなにも起きなかった事がありました。
とても素晴らしい事が書いてあるのだけれど、読者には伝わっていない。
それは事実が含まれていない、作者の頭の中で転がしただけの文章だったからです。
読者の感情を動かす秘訣、それは「事実」でしかないのでしょう。

最初に書きました交通事故にあった彼。
面会謝絶の状態が続いています。
まだ長くつらい時間が、彼を襲います。
早く退院できる日を祈るばかりです。

Posted by kanzaki at 2004年03月08日 08:59
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