2004年09月06日

「世界の中心で、愛をさけぶ」と「蹴りたい背中」の共通点

元ネタは、本日の日経。

今年、上期のベストセラー首位となった小説「世界の中心で、愛をさけぶ」、最年少の芥川賞受賞作として脚光を浴びた「蹴りたい背中」。
この二つには、隠れた共通点があります。
それは、本と軽量器と物差しがあれば分かります。

1987年にベストセラー1位となった俵万智の短編集「サラダ記念日」。
「世界の中心・・・」は208ページで、「サラダ記念日」より16ページ多いのですが、重さは約295グラムと10グラム軽いのです。

次に、1983年に唐十郎が芥川賞を受賞してヒットした「佐川君からの手紙」。
「蹴りたい背中」の方が、144ページと32ページもページ数が少ないのに、厚さは殆ど変わりません。

こうしてみると、最近のペストセラーは軽くて厚いものが多いことが分かります。
その秘密は「紙」にあります。
「世界の中心・・・」と「蹴りたい背中」に共通するのは、「かさ高紙」と呼ばれる特殊な紙を使っている点です。
「蹴りたい背中」の綿矢りさと同時に芥川賞を受賞した金原ひとみの「蛇にピアス」も同じ紙を使っています。

低密度とも呼ばれる「かさ高紙」は、「繊維同士のすき間を空け、空気を多く含んでいる」そうです。
昔から、コミック本などに使われていましたが、年を経ると黄色く変色する欠点がありました。
しかし、特殊な薬剤を加えるなど製造法を工夫した結果、より白くて、変色せず、表面が滑らかな上質紙を使った「軽くて厚い本」が誕生しました。
この紙は、飯島愛の自伝「プラトニック・セックス」などのベストセラーに採用され、急速に普及しました。

かさ高紙がもてはやされているのには理由があります。
「柔らかくてめくりやすい」
「文字やイラストが鮮明」
「裏映りしない」
この他に、重要なものが二点あります。

第一に、出版業界のコスト削減に役立つこと。
書籍販売額のピークであった1996年と昨年2003年を比較しますと、今は17%減となっています。
しかし、出版点数は15%増。
これは、一点あたりの平均販売額が落ちている事を意味します。
そのため、製造コストの削減に迫れました。
しかし、この業界は、原稿料や編集経費を削減しますと、作品の内容が落ちてきてしまうそうです(ちょっと無理のある言い訳のような・・・)。
そこで、紙代の削減へ注目。
実は、出版社が紙を購入するとき、枚数ではなく、重さに応じて代金を支払っているそうです。
当然、同じ枚数ならば、軽い紙の方が節約できます。
大雑把な計算をしますと、かさ高紙を使えば、10%前後のコスト削減が可能だそうです。

もう一つ、かさ高紙が支持される理由があります。
「文字の量が多いと読むことに抵抗を感じる若年層」に受け入れられやすいことです。
最近売れているのは、比較的軽く読める書籍。
本一冊のページ数は、以前は一般的だった200〜300ページに加え、200ページを切るものも目立ってきました。
しかも「余白が多い」。
ここで、かさ高紙が活躍します。
ページ数は少なくとも、量感が生まれ、「一冊読み終えることで得られる達成感が出てくる」のです。

これは、出版社にとっても、価格設定上、好都合です。
「人は厚い本ほど価格が高くても良いと考える」のだそうです。
ページ数が少ないからといって、価格を下げる必要がありません。
以前は、原稿の枚数が少ないと、論評や後書きを加えたり、厚くて硬い紙を使ったりと努力していましたが、これならば本としての体裁を手軽に整えられます。

売れ筋ランキング上位に名前を連ねる第一の要件は、「若い女性をひきつけられるかどうか」。
かさ高紙ならば、女性が手軽に持ち運べるように、軽く仕上げることが出来ます。

勿論、書籍の全てがかさ高紙に変わった訳ではありません。
最近ヒットしました村上龍の「13歳のハローワーク」は、図鑑をイメージしたため、かさ高紙を使いませんでした。
また、「500ページを超える小説では厚みが出過ぎる」そうで、大作にはあまり使われません。
9/1に発売されました「ハリーポッターと不死鳥の騎士団」は、新作が出るたびに原稿量が増えているので、このシリーズは、従来の紙を使っています。

体裁も大事ですが、殆どの書籍が初版版で消えていく現在、内容が第一なのは云うまでもありません。
しかし、本文が短い新しいタイプの本が出せるようになったのは、大きな収穫です。
読みやすく、大切にしたいと思わせる書籍に仕上がるため、若い読者がひきつけられるのではないかと分析されています。
紙の技術が、低迷している出版業界を救うきっかけになるかもしれません。

まあそんな訳で、本と云うモノは内容だけでなく、その姿かたちも重要なのだと分かりましたね。
「かさ高紙」を使った本は、所有する喜びと、気軽に読みきれる利点がある訳です。
最近、本の内容よりも、それを書いた人が有名人だったり、美少女やイケメンだったりと、肩書きやビジュアルが重視されています。
内容が陳腐でも、とりあえず体裁が整っていれば良いと云う風潮もあります。
「見た目だけ」が何となく立派に誤魔化せるのも事実。
「内容は薄いけれど、見た目だけは立派にするため、この体裁で売ろう」なんて、読者を舐めているようにも思えます。
この業界は、「原稿料や編集経費を削減しますと、作品の内容が落ちてきてしまう」と先に書きましたが、こういう誤魔化しの効く製本方法があるから、作品の質を落としても平気でいられるんじゃないかと思ったりもします。

「本文が短い新しいタイプの本」・・・この手の内容は、どっちかというと、ネットで公開するのに向いているかもしれませんね。
ディスプレイで文字を読むのは辛い作業です。
それ故、書くほうも、なるべく簡潔に書こうと意識します。
一文を短くしたり、改行を多くしたり、テーマが変わったら数行の間隔を設けるなど。
もし著者が、お金儲けを気にしないのならば、こっちの方が良いかもしれません。

若い人達にとって、一番活字を読む機会の多いのは、実は携帯電話なんじゃないかなあと思います。
あの小さいディスプレイの中で、メールやブラウズ。
表現能力は、パソコンより遥かに劣るのですが、その使い勝手の良さから重宝されています。
ネット発、2ちゃんねる発の書籍が、電子書籍としてダウンロード販売されていまして、これがどうやら、携帯向けにウケているのだそうです。

2ちゃんの「良スレ」が電子書籍化されヒットするまで
http://www.itmedia.co.jp/mobile/articles/0408/30/news002.html

今のところ私の見解では、電子書籍の売れセンは、悲しいかな、「エロ」だと思います。
ビデオ、ネットの普及はエロがけん引役でした。
今度は、電子書籍のけん引役となっています。
内容は、軽薄短小なんですけれどね。
出版業界の見解どおり「軽薄短小」が好まれているならば、携帯電話で読むのも一つの手かもしれません。
そうすると出版業界とは、ちよっと違う分野。
本の体裁としての利益ではなく、そこに書かれている内容・コンテンツの保護と利益が重視されますね。

あなたが本屋で手にした本が、どんな紙・体裁で出来ているかで、自分の望んでいる書籍の傾向が分かるもしれません。

Posted by kanzaki at 2004年09月06日 12:52 | トラックバック (0)
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