「自然の法則」なんて書くと、数学や理科なんかで得た知識を思い起こしたり、宗教的なものまで引っ張り出さないといけないように思えます。
当然、私にはそんな知識なんて、さっぱりありません。
けれど、これだけは云えます。
旬の食べ物は美味しい!
知識の差、宗教の違いはあっても、この自然の法則には誰も異論はないでしょう。
そんな訳で、本日の我が家の夕食は「竹の子」です。
竹の子ご飯に、竹の子の味噌汁。
他のおかずもあったけれど、もうこれだけで大満足ですよ。
これを食べた後、冷凍庫にある冷凍食品を見ますと、「うーん、やはり旬のものを食べた後だと、こういうのは食べられなくなるよなあ」と感じました。
冷凍食品も便利だし、最近では美味しいものばかりなんだけれど、何と云うか、ドーピングしたオリンピック選手、整形手術した美女みたいに思えてしまいます。
その季節の食べ物を食す。
これほどシンプルな美味しさの法則はありませんよね。
しかも、旬のものは値段も安いし手に入りやすい。
私の住む新潟って街は、外食産業は発展しにくい場所だと昔から云われています。
どうしてかと云うと、適当にスーパーで買ってきた旬の食材を適当に調理してしまうだけで、そこらの料理屋よりも旨いものが食べられるからです。
だから私にとって外食とは基本的に「その場の雰囲気を楽しむ」のが目的であり、料理はその場の雰囲気を彩る道具なのです。
本当に旨いものを食べたいのならば、有名な料理屋よりも、まず近所のスーパーへ行きます。
そんな地域性を反映してか、近所を見ると、美味しいコダワリのお店よりも、安い全国チェーン店が生き残っていますね。
家で食べた方が安くて美味しいから、外食は割り切って、「とにかく腹に詰めて空腹を満たす」と云う用途で考えているから受け入れられているのかもしれません。
自然の法則は、どんな天才シェフよりも究極の料理を生み出しているのです。
食べ物に自然の法則を学んだら、他の事にも応用が出来そうな気がしてきました。
その人の年代によって、「旬の食べ物」があるように思うのです。
例えば10代だったら、やはり多くの人にとって「学問」が旬の食べ物なのではないでしょうか?
旬のものですから、学校や塾という勉強する環境が目の前にあり、時間的にも勉強する余裕がある。
旬を過ぎて大人になってからだと、時間も環境も確保が難しいものです。
そういう旬の食べ物を食べていた人は、それが血や肉となり、社会に出てから役に立ちます。
人によっては「学問」ではなく、「スポーツ」「音楽」が旬の食べ物かもしれません。
そういう旬の食べ物を食べず、例えば10代に「テレビゲーム」「漫画・アニメ」等の「冷凍野菜」「ファーストフード」ばかり食べていると、やはり何かしら後年に影響があるように思います。
実際、私がそうですから。
自分自身には異論はありません。
「漫画」ばかり摂取していたら後年、プロの漫画家になり、「若いうちに身に付けた能力でご飯を食べることができた」と云う人もいるにはいますが、やはり全体から見れば稀だと思います。
20代はやはり「仕事」でしょうかね。
30代は・・・すみません、若輩ものなのでまだ分かりません。
毛嫌いせずに旬の食べ物(本当の食べ物も、人生も)を口にするのは、やはり自然の法則からすると正しいのではないかと、竹の子ご飯を食べながら思うのでありました。
Posted by kanzaki at 2005年05月09日 23:31 | トラックバック (0)日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
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