2006年04月23日

ホームページ・・・運営者が死んだ後

ホームページを運営する人が多くなりましたね。
特にブログの普及が大きいと思います。
日々更新していますと、愛着も沸くと云うものです。

そのせいでしょうか。「自分が死んで更新ができなくなったらどうしよう」と不安を抱く人が増えているそうです。
4月21日の日本経済新聞に、「ホームポージよ永遠に」と題して、故人のホームページの行く末について書かれていました。

最近は高齢者の利用が増えていて、その方々が「もしものこと」があった時を考えて、ネット上に「ネット遺書」を残す人もいるとか。
そして自分が死んだ後も、そのサイトを永遠に残して欲しいと望む人もいるそうです。
しかし、レンタルサーバーを有料で借りていた場合、死んだ後は当然、更新手続きが出来ないのですから、ネット上から抹消されてしまいます(親族が更新手続きしてくれれば何とかなりますが、そういうケースは稀でしょう)。
こういった場合は、無料のホームページ作成サイトが良いみたい。
「魔法のiらんど」は、利用者が作成したものは半永久的に残すスタンスだそうです。

国立国会図書館は、すべてのホームページを保存することを検討していましたが、現在は政府機関や地方公共団体のページなどの「公共性のあるもの」にとどまっているそうです。
個人サイトには、著作権に違反しているものがあるし、ネット関連の技術革新で将来は再生が出来ないページもあると云うのが理由。
まあ、国立国会図書館のデータベースに、エロ画像や萌え画像が保存されても仕方がないですしね。

実際に運営している私にしてみれば、ホームページは「生きていた証」と云う過去形ではなく、「生きている証」なんだと思います。
つまり、運営者が死んだら、ホームページも同時に消滅すべきものだと。
書籍などとは違い、常にリアルタイムが求められているのがホームページ。
自分が書いた事がすぐに全世界へ伝わり、そしてすぐに反応が返ってくる。
それをフィードバックして、ホームページ運営や自分の考えに反映させていくものではないでしょうか?
ホームページはある意味、生き物みたいなものですから。

神ナナは2004年1月31日よりblog形式にリニューアルして今に至っています(2002年1月8日からひっそりとやっていましたけれどね)。
その間、多くの方々が訪れてくださったのですが、長年の読者ならばお分かりの通り、その時その時でサイトの中身が随分と違っています。
時代性も理由の一つだし、自分の嗜好性の変化も理由の一つ。
ほぼ毎日更新しているからこそ、どんどん変化していっているのです。
しかし、運営者である自分が死んだら、その変化は止まってしまうのです。

私の人生と共に、このサイトも更新し続けます。
今後も様々な姿に変化していくとは思いますが、それは私の生き方が変わったんだと思ってください。
けれど、どんなに変わっても私は私。
これからもこのサイトを通し、私を見守っていただければ幸いです。

Posted by kanzaki at 2006年04月23日 22:14 | トラックバック (0)