2007年04月01日

宮崎駿監督 in プロフェッショナル【3】

●前回の記事:宮崎駿監督 in プロフェッショナル【2】
http://kanzaki.sub.jp/archives/001362.html

今回で3回目です。
新作映画「崖の上のポニョ」の準備作業が遂にはじまりました。
しかし、出だしの部分をどうするかで、すでに行き詰っている様子。
今後、どうなっていくのでしょうか。

では、どうぞ。


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5月24日。
この日、とある人物が、アトリエへやってくる。
プロデューサー 鈴木敏夫(57歳)だ。

NHKのプロデューサー:
こんにちは。

鈴木:
(ラフな感じで)元気?

NHKのプロデューサー:
なんとか。

ナレーション:
プロデューサーの鈴木敏夫が顔を見せた。
宮崎とは30年来のコンビだ。

鈴木プロデューサー、白い壁に貼られた無数のイメージボードを見つめる。
その一つの彩色ありの絵コンテに注目。
タイトルテロップから始まり、下に向かって縦に並んで描かれる絵コンテ。
各々の絵の横に、細かい状況説明が書かれている。

ナレーション:
クラゲが登場する出だしの絵に目を止めた。

宮崎監督が近寄る。

宮崎駿監督:
こういう、訳の分かんない冒頭が・・・。

鈴木プロデューサー:
(指で指し示して)これ、いいですね。

宮崎駿監督:
え?(笑)

お互い笑う。
宮崎監督、椅子に腰掛ける。
鈴木プロデューサー、部屋の中をふらふらと腕を組みながら歩く。
その視線は常に、先ほどの絵コンテに向けられている。

鈴木プロデューサー:
いいじゃない。
海の中から始まるのは良さそうですけど・・・。

宮崎駿監督:
プロデューサーがそう云うなら、そうするしかないでしょう。

宮崎監督、鈴木プロデューサー、近藤作監督、吉田美術監督、全員が笑う。
吉田美術監督、壁に貼られたクラゲのイメージボードを見つめている。

宮崎駿監督:
これをやっぱり攻めなきゃいけないですね。
(別に描いたクラゲのイメージボードをその横に貼り付けながら)分かりました、攻めます。
(NHKのプロデューサーに向かって)ほら、鈴木さんが、ちゃんと引っかかったでしょう?
面白そうじゃんて。
錯覚でもなんでもないからね。
とりあえず見た奴が、面白そうと思えばいいんですよ。

周りの人達が笑っている。
宮崎監督、椅子に腰掛ける。

宮崎駿監督:
面白くなさそうじゃんって思ったら、それで終わりなんだよ。


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場面は、NHKの「プロフェッショナル」スタジオへ。

住吉美紀:
うーむ、宮崎さんでも不安になるんですねえ。

脳科学者・茂木健一郎:
やはりね、不安を通り抜けないと人間の脳って云うのは、本当に新しいことって生み出さないんですよね。

住吉美紀:
(カメラ目線で)宮崎さんの映画作りと云うのは、数年がかりの気の遠くなるような作業なんですね。
ご覧になられたように、まず宮崎さんは想像力を膨らませて、イメージボードを描きます。
そのイメージが固まったところでストーリーを作りながら、100人以上のアニメーターの人達と一緒に、実際のアニメーションを作っていくと。
(茂木健一郎へ向かって)ですから、イメージボード作りと云うのは、映画の本当の最初の段階、映画の核を作る仕事なんですね。

茂木健一郎:
宮崎さんの場合には筋書きがあって、それに合わせた絵を描くんじゃないんですよね。
まずは想像力を振り絞って面白い絵を描くことに専念をする。
だから、宮崎アニメ独特のあの奇想天外な場面が生み出されるんですねえ。

住吉美紀:
(カメラ目線で)宮崎さんの発想はどうやって頭の中で生まれるのか。
実際に宮崎さんにうかがってきました。


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とある天気の良い昼間。
茂木健一郎と住吉美紀、宮崎監督のアトリエの前の道路を歩いている。
宮崎監督が出迎えてくれる。
1階のベランダの手すりに手を置いて立っている。

茂木健一郎:
あっ、こんにちは。
茂木健一郎と云います。

住吉美紀:
こんにちは〜。
お邪魔いたします。

宮崎監督、濃い目のサングラス、緑色のエプロンをしている。

茂木健一郎:
素敵なところですねえ。

宮崎監督、笑顔を返す。

場面は、アトリエの中へ。
1階の大きな木製のテーブルの前に立つ三人。

茂木健一郎:
どうも、楽しみにしております。

茂木健一郎のお辞儀に宮崎監督も返し、「どうぞどうぞ」と椅子を勧める。
茂木健一郎、住吉美紀、「お邪魔いたします」と椅子に座る。
宮崎監督も腰掛ける。

茂木健一郎:
僕、非常に印象的だったのは、イメージボードを描くときってのは、その、脳みそに釣り糸を垂らすようなものだって言葉なんですけれど・・・どういう事ですか?

宮崎監督、タバコを吸っていたのだが、その質問に苦笑する。

宮崎駿監督:
(片手で竿を上げる仕草をしながら)まだ引っかかってこないなあと云う事です。
下げるんだけれど、引っかかってこないなあってあるじゃないですか(笑)。
だから、こう・・・いると考えて・・・。

茂木健一郎:
魚がいると考えて・・・。

宮崎駿監督:
釣り糸を垂らしていると云う・・・。

住吉美紀:
頭の中のこう・・・どの辺りから発想が浮かんでくるみたいな・・・。

宮崎監督、自分の右後頭部を右手のひらで触る。

宮崎駿監督:
ここです。

住吉美紀:
ここですか?

宮崎駿監督:
ええ。
だって、くたびれると、ここがくたびれるから。
こっち(左後頭部)じゃなくて、こっち(右後頭部)がくたびれるから。
右側の後ろ側が(苦笑)。

住吉美紀:
へ〜。

茂木健一郎:
(住吉に向って)右半球ってイメージを作るところでしょ?
だから、合ってますね。

宮崎駿監督:
マッサージ風呂へ行って「どこが凝ってますか?」って云われたから「頭です」って云ったら、「床屋じゃありません」って云われたことがあります(笑)。

住吉美紀:
どうして今回の新作は、舞台をまず海に選ばれたのですか?

宮崎駿監督:
海は前から舞台にしたかったんです。
(けれど)波を描くのは面倒くさいんですよ。

住吉、笑う。

宮崎駿監督:
(真剣な顔で)面倒くさいって云うか、本当に大変なんですよ。
浜に寄せてくる波とか、嵐とか、描くのはもう、本当に面倒くさいですから。
それを面倒くさくないような描き方で・・・それで海が十分動くような映画を前から夢に見ていたんですよ。

住吉美紀:
じゃあ、長年の夢なんですか?
海を舞台にした・・・。

宮崎駿監督:
ええ、海を舞台にしたのは。
で、海ってものは、とてもおとなしいんですよね。
・・・いや、おとなしいって云うのは変ですけれど。
そのう、高いビルの上から覗くと東京湾なんてね、本当にこう・・・波が立っているって云ったって平らなんですよ。
本当は違うんですよね。
海はかえってくるんですよ。
かえってくれば良いじゃないですかねえ。
こう、そうすると、自分の歳だとか、俺のビルだとか、くだらないことを云っているのが全部、海の底に沈むってのは、なんて清々するんだろうと(3人、笑う)。

住吉美紀:
イメージボードを描く時に・・・あのう・・・風呂敷を広げると云う事が大事だと表現されていたのを聞いたんですけれども。

宮崎駿監督:
これもある。これもある。どわーっと並べると・・・ねっ。
風呂敷で持ってきて、お店を開く時に、色々と並べるじゃない。
どんどん並べる。
凄いですね〜って。

住吉美紀:
それは、イメージボードの枚数を描くと云う事なんですか?

宮崎駿監督:
ええ。例えばね、ここに悪い奴がいる。
ここにとても可愛い女の子がいる。ね?
お姫様でも何でもいいんです。
ここに主人公がいる。
その悪い奴が(お姫様を)さらっていった。
戦う。連れ戻した。ね?
めでたし、めでたしと。
色んなバリエーションで作っていくんです。
そうすると、そんなに話しの種類として無いんですよ。
そこに突然、海面上昇って問題を突っ込んだらどうなっちゃうんだろうかと。
その、古典どおりに、決まりどおりに話を作っていくのが、もうとっくの昔に嫌になっているから・・・すぐ、そういう変なのが入ってくるんですよ(笑)。
風呂敷に包みたくなるじゃないですか。
だって、包もうと思っても、ずーと向こうの方まで繋がっているものを持ち込んでしまったら・・・ついやるんですよね、そういうのを。
(笑いながら)かと云って始めから、この程度にしといてね、包みやすくしとくってのは・・・いかにも悲しいんですよ。

住吉美紀:
悲しい?

宮崎駿監督:
悲しいです。
作為を見せて作っていることですから。
この程度の悪役ならば納まるなあとかね。

茂木健一郎:
そのう、一番、子供たちに宮崎さんが伝えたいものって云うか、送りたいものって何なんですかね?

宮崎駿監督:
いや、それねえ。僕はとりあえず映画として恥ずかしいものにならない・・・とにかく映画として形になっているのを作るので精一杯なんですよ。
だから、子供たちにこれを伝えたい映画を作るってのはカッコいいけれど、あんまり信用していないんですよね。
(苦笑しながら)子供たちに、つまんないって云われたくないじゃないですか?
そっちの方が先ですよ。

住吉美紀:
「子供が面白いと思ってくれるものは何?」・・・ってのを言葉にすると・・・。

宮崎駿監督:
あのう、世の中で一般に云われているような、こういうものを訴えたいとか云うので作るのは、くだらないことなんです。

しばし真剣な表情だったが、また満面の苦笑をする。

宮崎駿監督:
命が大切だったら、命が大切だって書けばいいじゃないですか。
そういう風にテーマを簡単に抜き出せるものは、みんないかがわしいと思いますね。
違うんですよ。

茂木健一郎:
僕は宮崎さんとお話ししていてね・・・ただ、子供って大人みたいに社会化されていないから、色々と聞いてくれなかったり、へそ曲がりだったり、きかんぼうだったりするじゃないですか。
なんか・・・宮崎さんって、そういう意味で云うと、子供に通じるところがあるなあと思ったんですけれど(笑)

宮崎駿監督:
いやー、それを云われると困るんですけれどね。
なるべく、キチンとした大人になろうと努力しているんですけれど。

一同、笑い。

茂木健一郎:
へそ曲がりってところはありますか? 今でも。

宮崎駿監督:
うーん、どうなんですかねえ。
自分でへそ曲がりと思ったことがないんですけれど。
僕はもの凄くまっとうだと思っていたんですけれど、家内に「あなたは非常識です」って云われて、やはり俺は常識がないのかなあと(笑)


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3人の会話はまだ続きます。

テロップ:
映画を創るということ

茂木健一郎:
宮崎さんはね、本当に名声を得たのに、なぜまだ映画を作り続けるんですか?
大変だなあと思うんですけれど。

宮崎駿監督:
(しばし考えて)名声って、どこにあるんですかね。

茂木健一郎:
あるんですよ、世間ではね。

宮崎駿監督:
僕自身とは全然関係ないものですね。
幻影だと思います。

住吉美紀:
じゃあ、映画を作り続けるのは・・・。

宮崎駿監督:
それは分からない。
それは何で、絵描きが絵を描くのか?
なぜ、あなた(住吉美紀)がアナウンサー、アナウンスと云うか・・・ねえ、やっているのと同じですよ。
それによって僕は存在しているからです。
だから、今がどうであるかが大事なんですよ。
かつて何を作ったかなんて、どうでもいいんですよ。
それはもう、終わっちゃったことなんだから。
直せる訳でもないしね。
直したいと思うわけもないから。
その時はそうだったって。
今は違いますよね。

茂木健一郎:
今回の作品は、どうですか?
もう、これで最後の作品って云う・・・。

宮崎駿監督:
長編はもう最後でしょうね。

茂木健一郎:
思ってらっしゃる。

宮崎駿監督:
ええ。
これは、物理的に最後だと思います。
いやー・・・(顔をかしげて、しばし沈黙)けれど、そんな事を云っても仕方がないですよね。


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今回はここまで。

長編は最後と云ってますが、確か「もののけ姫」の辺りの作品の時も云っていたので大丈夫でしょう(お
それに、今回のインタビューを読んで分かったかと思いますが、宮崎監督が「止まる」と云う事はないんです。
アニメ映画監督をやらされているんじゃなくて、やりたがっているんですから。
それが、いかに生みの苦しみを伴おうとも、前へ進み、作品を生み続けていくのです。
それが宮崎監督と云う人生そのものですから。
理屈じゃない。

物理的に無理と云ってますが、こんなパワフルな66歳はそうそういません(汗)
むしろ、後10年は戦えるんじゃないでしょうか。

インタビューと云うのは、必ず自分の言葉で返答をする訳ですが、質問が来てからすぐに返答をするから、整理する時間なんてありません。
だから、ぽんぽんと思いついたものを次々と口から出す。
インタビューは基本的に一回勝負だから訂正ができません。

作品を作る人・・・特に宮崎監督のように、イメージを膨らませてから少しずつ作品としてまとまめていくタイプの場合、インタビューの回答も、あくまで「イメージ」なのです。
だから本文のように、はっきりした回答らしい回答をあまりしていないのです。
基本的に、抽象的な感じの返答になっています。

そういう創作方法だからこそ、他の監督には無い世界観が出来上がるのでしょうね。

それでは、また次回をお楽しみに。

●次回の記事:宮崎駿監督 in プロフェッショナル【4】
http://kanzaki.sub.jp/archives/001367.html

Posted by kanzaki at 2007年04月01日 22:01