2007年12月31日

2007年、新潟県内の考古学

今年最後の更新。
最後は新潟県を考古学の見地から見ていきましょう。
参考にしたのは、地元の新聞からです。


●西郷遺跡(新潟市)

新潟市江南区芽野山三の西郷遺跡から、約2500年前の縄文時代晩期〜弥生時代前期のものとみられる足形付土版が見つかりました。
県内での出土は、国の重要文化財に指定されている山北町上山遺跡に次いで二例目。
今まで北海道や東北を中心に出土していましたが、今回の発見で出土範囲の南限が更新されました。
全国で20例目の今回。
今まで、縄文時代早期から晩期のものまでのものしかなかったので、もっとも新しい時期の発掘例ともなりました。

足形付土版とは、小判形の粘土板に、乳幼児や子供の足を押し付けて焼き上げた製品でして、子供の健やかな成長を願ったお守りや、墓に供えた副葬品として使用されたと考えられています。

同遺跡から左右一対が発見され、ほぼ完全な形で見つかった左足の土版は長さ10.5センチ、幅5.5センチ、厚さ1.5センチほど。
表と裏が赤く彩られており、かかと部分には紐を通せるように穴が開けられています。

作られたとされる理由から、はるか太古の世界でも、親が子を愛する心は今と変わらないのだなあと感動しました。


●延命寺遺跡(上越市)

高田平野のほぼ中央に位置する上越市下野田の延命寺遺跡。
7世紀〜8世紀初め頃の集落跡である同遺跡から、土地の賃貸借を公的に認めた文書(売券)として使われた奈良時代の木簡が見つかりました。
土地の賃貸借に関しては現存する最古の木簡となります。

木簡は長さ48.6センチ、幅4.9センチ、厚さ0.6センチ。
ほぼ完全な形で発掘され、墨書きされた文字は肉眼ではっきりと判別できます。

「天平七(735)年三月廿一日」と記され、
「物部鳥丸(もののべとりまる)が、酒君大嶋(さけのきみのおおしま)に田を米二石一斗で賃貸した」
という内容が書き込まれています。

売券木簡の発掘は国内2例目。
「郷」「里」の文字も記載されており、霊亀(れいき)元〜天平十二(740)年頃に施行された行政区画制度「郷里制」下の遺物と考えられています。
郷里制期の木簡が出土したのは県内はじめて。

また、契約を合法化するため「田領」という役人が木簡の裏面に署名をしていました。
同遺跡が奈良時代、役所の出先機関として機能していた証拠として見ています。

はるか大昔から、人々は口約束では安心できないから、こうやって公的な書類を今みたいに作っていたんですね。
人の欲とか、敵対心とか、ものの損得勘定みたいなものが感じられました。

新潟県内で他にもいろいろと発掘されたそうです。
水の都である新潟。
自分の生活している場所は、はるか大昔の人も別の形で利用し、生活していたんだなあと思うと、過去へのロマンを感じさせます。

歴史という大きな単位で時間を考えることって、日常生活ではそうそうありません。
また、一年という節目を考えることも、日常生活ではあまりありません。
大晦日とか誕生日ぐらいでしょうか(仕事は別として)。
今日は大晦日。
この一年を自分史として振り返って見るのも良いかもしれませんね。


ps.
今年も一年、神ナナを愛読いただきましてありがとうございました。
メディアとかエンタメ、ネットに対しての考えが変化してきて、書く内容も一年前とは変わってきました。
また、更新頻度も変化してきておりますが、やめるつもりはありません。
一生やっていくつもりですので、どうぞ長い目で見てやってください。
では、良いお年を。

Posted by kanzaki at 2007年12月31日 15:55