2014年06月06日

6月10日は「時の記念日」〜昔の日本人は、外人が驚くほど時間にルーズでした


6月10日は、「時の記念日」です。


時刻通りに電車が発車・到着する日本。
1分でも遅れると、謝罪のアナウンスが何度も流れます。


世界的にも、日本は時間にシビアだと思われています。
当の我々も自覚し、「あまりにも厳しすぎる」と自覚・自負・疑問に思っています。


しかし大正時代の後半まで、時間にとてもルーズな人が多かったそうですよ。
(経済社会リサーチセンター月報より)



明治時代、オランダ人技師が来日しました。
科学技術を教えるためです。


彼らが困ったのは、日本人の悠長さでした。
電車は、当たり前のように30分以上遅れました。
労働者の遅刻も日常茶飯。


明治6年1月1日、時刻は「定時法」に改められました。
定時法は、西洋式時刻制度です。
1日を24時間に等分割し、時間の長さは季節によらず一定な現代の時間法のことです。


それまでは、「不定時法」でした。
夜明けから日暮れまでの時間を6等分する時間法のことです。
季節ごとに昼夜の時間が変わります。
太陽の高さで大体の時刻がわかるので、時計が無くても便利でした。
卯の刻六つ(日の出)、午の刻九つ(正午)、酉の刻六つ(日没)という感じです。


定時法の導入により、時計の普及も進めてはいましたが、人々の時間に対するルーズさは改善されませんでした。
おかげで、向上の生産性は、計画通りにいきませんでした。



政府は国をあげて、時間規律の浸透に力を入れました。
1920年(大正9年)、東京天文台と生活改善同盟によって「時の記念日」が制定されました。


「時間をきちんと守り、欧米並みに生活の改善・合理化を図ろう!」と国民へ呼びかけました。


なぜ6月10日にしたかというと、671年(天智天皇10)年のこの日、漏刻(ろうこく・水時計)が、宮中に設置されたという記録にちなんだものです。


※※※


昔の日本人は、勤勉で真面目と思っていたのですが、案外ルーズだったのですね。
今は時間厳守しすぎて、ある意味病的です。


不定時法を用いていた江戸時代、時計を持っているのは大名や豪商だけでした。
時計を持っていない庶民は、日本橋石町の時の鐘や、何箇所かの寺の鐘の音で時刻を知ったのです。


いきなり鳴らしたら、何回鳴ったのか数えられません。
ですから、まず気づかせるために3回鳴らします。
これを「捨て鐘」といいます。
その後、刻の数を最初長く、じょじょに詰めて打ちます。


日本は四季があり、季節感を重視した生活を過ごしていました。
不定時法は、季節ごとに昼夜の時間が変わるのですが、かえって四季を織り込んだ生活で良かったそうです。


分単位、秒単位での生活は息がつまります。
太陽の高さで時刻を知ればいいぐらいの生活がしたいものです。

Posted by kanzaki at 2014年06月06日 23:51