2021年10月17日

映画『護られなかった者たちへ』の感想〜殺人事件のミステリーではなく、生活保護を扱った社会派作品

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佐藤健さん、阿部寛さん出演映画「護られなかった者たちへ」を観てきました。


●映画『護られなかった者たちへ』公式サイト
https://movies.shochiku.co.jp/mamorare/



映画『護られなかった者たちへ』特報(ロングver.)


日曜の朝一番の上映回を鑑賞しました。
お客様は数名のみ。
視界には他のお客様はおらず、大画面を一人占めしているようで贅沢を味わえました。



この映画は、東日本大震災から9年後に起きた、連続殺人事件を中心に描いています。


通常は、事件を解決する刑事(阿部寛さん)を主役に話しを展開することでしょう。
ところがこの作品は、事件の容疑者と思われる人物(佐藤健さん)が主人公です。


阿部寛さんが刑事というと「新参者」シリーズの最新作かと勘違いする方もいるかもしれませんね。
阿部寛さん演じる刑事は劇中、曲者ではありますが、そこまで主役然とした能力を発揮して事件解決をするわけではありません。
そういう物語ではないからです。


事件解決のバディとして林遣都さんと活躍し、事件を解決するという単純なドラマではない。
それだったら、いわゆる「都落ち」したひねくれた刑事役である林遣都さんをもっと活躍させているはずです。


佐藤健さん演じる青年が主役である理由は、この作品が連続凶悪殺人事件を解くという「ミステリー」というよりも、「生活保護」という問題を描く社会派な内容だからです。
だから、権力もなにも無く、ギラついた怒りを爆発させる青年を演じた佐藤健さんが必要になるのです。



ミステリーとしては、佐藤健さんが「ある人物」に語る台詞が、観客へのフェイクとなっています。
「そんなことしても、何も変わらないんだよ」
その台詞の意味が、事件全貌につながっていきますが、観客はその時点では勘違いさせる台詞となっています。
ミステリー要素はそれぐらいで、全般には薄いです。


殺人方法にしても、健常な成人男性を劇中の形で死に至らしめるのは、現実には困難だと思います。


終盤、佐藤健さんの口からこぼれる「死んでいい人なんか誰もいないんだ」という台詞。
佐藤健さんは劇中全般、怒りの負の感情でギラつかせていましたが、この台詞によって「この主人公は、心優しいヒーローだったんだ」と認識できました。
だから、阿部寛さんが主役ではないのです。


佐藤健さんは、朝ドラの主演女優さんとの共演が多く、相性がいいですよね。
しかも驚くのは、各作品によって性格や言動、見た目も変えていることです。
今回は目つきが悪く、猫背気味。
眉毛も細くして、怖い雰囲気。
うどんを食べる際、箸の持ち方が下手で、がっつくように食べる。
笑顔を作るのが苦手。
悲しみを人に伝えるのが苦手。
けれど、相手を救いたい、守りたいという気持ちがある。
観た後だからとはいえ、今回の登場人物を演じられるのは、佐藤健さんしか考えられませんよ。
劇中の見た目や表情の作り方も、劇中の年月の経過とともに変化させているのに驚きます。


同じように、清原果耶さんの演技にも驚きます。
彼女もまた、現在放送中の朝ドラ「おかえりモネ」とは違う演技を見せています。
同じ宮城県が舞台で、震災を描いていますが、本作で見せる彼女の表情は異なります。
「おかえりモネ」では、「震災当時、何も出来ずに悔やむ」というのが心の傷になっています。
何が自分に出来るのかを模索していきます。
本作でも、震災中は無力でしたが、大人になって人々を救う立場になっています。
ところが、幾ら頑張っても「法整備の壁」によって、人々を救えない。
その悔しさが「怒り」となって表れているのが違いです。
朝ドラの表情との違いに驚くかもしれません。
しかし、朝ドラも本作も、原動力は「正義感」ということには間違いありません。
そういう正義感を持つ人物だと納得できる演技ができる俳優さんだと思います。


メインから端まで、それこそ主役をはれる俳優がずらりと揃った映画でした。
最近はTVドラマ以外、そういう作品に触れてはいなかったので、「豪華共演だなあ」と思いましたよ。


その中でも、「この映画だと、他の作品での演技を変えてきている」と感じられたのは、佐藤健さん、清原果耶さんでした。


しかし、題材のせいもあるのかもしれませんが、どの俳優も物語の生活の中に溶け込んでおり、良い意味で俳優オーラを消していました。


特に印象深いのは、倍賞美津子さんが演じた役。
温かく優しい人柄を作品の中から感じさせないと、この物語が成立しない重要な人物です。
あの包み込む優しさは、ご本人そのものの性格なのかも。



犯人サイドに重きを置き、震災のあった2011年以降の過去と、事件の起きた2020年の物語が交互に展開していきます。
時間軸の移り変わりは、特に混乱もしないし丁寧だったと思います。
2020年の事件の全貌を説明する上で、2011年以降に起きた犯人サイドの人物像を話しの展開と共に少しずつ描いています。


東日本大震災を綺麗ごとだけで描くなら「絆」とかそういう言葉を多用するでしょう。
しかし現実もそうですが、「金」が無いと生きて行けません。


お金の事での救済措置といえば「生活保護」です。
この「生活保護」は権利です。
必要な人は、大きな声で助けを求めて良いのです。
しかし、それを恥と思う人もいる。
不正受給をして平然と暮らしている人もいる。
生活保護以外に、諸事情から隠れて働いている人もいる。


今回の事件は、「他人の視線」を気にして生活しなければ生きていけない日本の風土が生み出した悲しいお話しだと思います。
だから、ミステリーとしてのエンタメ性は薄くしています。
その為、極端な漫画チックなキャラクターはいません。


震災を生活保護という側面から描いたのは珍しいです。
震災の問題は、まだまだたくさんあるのだと知らしめています。


そして、生活保護・・・貧困問題というのは、なにも震災に限ったことではありません。
発端は震災でしたが、事件にまで広がってしまったのは、生活保護の仕組みそのものです。
不正受給とかあるから、職員も厳しく審査をしないといけない。
それゆえ、救わないといけない命が救えなくなっています・・・。


だから、端から見れば、特になにも悪いことをしているわけでもない被害者(生活保護担当の職員)が、次々と殺されていくのです。
拉致監禁され、身動きできず「餓死」という形で殺されてきます。
この餓死という形が、犯人の犯行動機につながっています。
この残忍な犯行をする理由も、きちんと丁寧に物語の大半を使って描いています。


犯行理由については、もし阿部寛さんと林遣都さんが活躍する単純なバディものだったら、犯人逮捕の際に軽く語られるだけで終わってしまいます。
この作品は、その犯行に至るまでの動機を描くことを主軸にしているから、今回のスタイルが最適だったと思います。

Posted by kanzaki at 2021年10月17日 13:16