●『世界でたったひとりの自分を大切にする 聖心会シスターが贈る大きな愛のことば』(鈴木秀子 著)より
人は死に際に「当たり前のこと」をしたがります。
取るに足らない、普通のことがしたいと望みます。
たとえば死期を迎えた人に「何かしたいことはありますか?」と尋ねると、たいていの人はこんなふうに答えます。
ケンカしているあの人と仲直りをしたい。
うちに帰りたい。
家族のもとに戻りたい。
自分の口で食べたい。
自分で歩いてお手洗いに行きたい。
ふだん、健康に生きている人が当たり前のようにしていることばかりですね。
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死期を迎えた人の言葉を聞くと、当たり前のこと、取るに足らない普通のことが、ものすごく重要なことだと気づかされます。
大勢の人々が足早に雑踏を歩いている。
そんな当たり前の姿にさえ感動します。
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でも、これらは当たり前などではなく、感謝すべきこと。
感動に値する有り難いことだと、平素から気づく必要があります。
当たり前のことを当たり前にしてしまわない心がけを、今このときから、日々積み重ねていく。
「当たり前」に感謝する訓練が大事です。
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【コメント】
「当たり前」を当たり前だと思わずに感謝する。
これが普段の生活の中で出来る人が、人生を一番「幸福」に生きられるのでしょうね。
富や地位、モノの所有など、人と比べた形の幸福ばかりを追っていてはいけないと思うこの頃です。
現役で活動できるうちは良いのでしょうが、定年退職した後や、不幸にも重病になった時には、それらは何も救ってはくれません。
(入院治療費は一定以上必要ですが・・・)
「不幸自慢」だけなら負けないという意味不明な自覚がある人は多いと思います。
それでは永遠に幸せになんてなれませんよ。
それは、感謝の意識が無いということだから。
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