●心が強い人はみな、「支える言葉」をもっている(著:齋藤 孝)より
人が敷いてくれたレールの上を歩くのではなく、何もないところを自ら歩いていく。
自分で開拓していく。
芸術家の高村光太郎は、こういう強い気持ちを持っていました。
光太郎の父は、高村光雲 という日本を代表する仏師・彫刻家でした。
上野にある西郷隆盛像は、光雲の作です。
光雲は弟子を多く持ち、弟子にあら彫りをさせた彫刻を仕上げていきました。
そして、注文を受けて生産するスタイル。
光雲の職人的なあり方は、光太郎の理想の芸術家とは違っていたのです。
光太郎は、父に対する尊敬と愛情を持ちながらも、「違う道を歩まねばならない」と思っていたのです。
そういう「父との精神的決別」が「道程」に表れています。
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道程
僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
ああ、自然よ
父よ
僕を独り立ちにさせた広大な父よ
僕から目を離さないで守る事をせよ
常に父の気魄を僕に充たせよ
この遠い道程のため
この遠い道程のため
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自然を父として、自分で道を切り拓くという詩です。
光太郎はロダンの彫刻「考える人」に衝撃を受け、ロダンに傾倒していたのですが、そのロダンが先生としていたのが自然でした。
ロダンは、自然こそが美の源であり、芸術家は自然に従うべきなのだという考え方を持っていたのです。
光太郎はロダンのこの考え方に大きな影響を受けました。
自分自身で道を切り拓きながら遠い道のりを行くというとき、やはり本当に一人では心もとない。
背中を押してくれる存在がほしいですね。
それが父なる自然です。
偉大な自然が自分を見守り、背中を押してくれているから、果てしなく感じる道のりを歩いていくことができるのだというわけです。
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私の著作『声に出して読みたい日本語』(草思社)にも、この「道程」を入れました。
印象深いのは、ドラマ「3年B組金八先生」の第6シリーズ(2001年)で、『声に出して読みたい日本語』を使って「道程」を朗読するシーンがあったことです(第 20 話)。
朗読したのは、上戸彩さん演じる鶴本直。
直は身体は女性、心は男性という性同一性障害で悩みを抱えています。
性同一性障害そのものが当時はあまり認識されていませんでしたから、「道がない」わけです。
これから歩むのは険しく遠い道のりでしょう。
その直が「僕の後ろに道は出来る」と読み上げながら、晴れやかな顔をするのです。
戸惑いながら進め、何年か経ったのちに「ああ、こうやってきたんだな」と思う。
「僕の後ろに道は出来る」感慨はあるものです。
前例のないこと、初めて取り組むことに出合ったら「面倒くさい」ではなく、ぜひこの一節をつぶやいてください。
そして、見守ってくれる大いなる存在からエネルギーをもらうと考える。
すると、前へ進む力も湧いてくるというものです。
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【コメント】
ああ、この言葉をどこかで聞いたことがあると思ったら、金八先生でしたか。
前例のないことを取り組むのは、面倒だし怖いですよね。
しかも、抱えているものが山程あり、それだけに集中できない状態なら、尚更です。
私は、なんでも手を出すよりも、「助けて」と声を出すのが大事だと思っています。
世の中、あなたのような真っ当な人間だけではありません。
意味の分からない要求をしてくる人もいますから。
声を出すことだって、前へ進む力ですよ。
そして、「逃げる」ということだって勇気ですよ。
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